昭和後期1945~89)の「いろはかるた」の世界に生じたもう一つの変化が「郷土かるた」の流行である。もともと郷土の風景や名所、祭礼などを詠んだ和歌や俳句をかるたにしようとする智恵は江戸時代前期(1652~1704)からあって「名所歌合せかるた」の類は数多く制作されており、さらに郷土の英雄を取り上げた「いろは武者かるた」などもあった。こうした伝統の上に立って、明治時代(1868~1912)以後にも大正期(1912~26)の横浜市[1]などで「いろは郷土かるた」が作られていたが、本格的に盛んになったのは昭和後期(1945~89)である。群馬県の「上州かるた」は戦後すぐに考案され、県内で教材として長期間使いこなされて定番となり、「つる舞う形の群馬県」などの文言は多くの群馬県人が諳んじている。その後、全国で、教育委員会、学校、地域の経済団体、自治体などが制作するようになった。

郷土かるた各種
郷土かるた各種

私は、一時、この郷土かるた類も蒐集していた。全国各地から数百組のものが集まり、この種のかるたの全体像が見えるようになってきたが、愛知県豊橋市の松岡敬二のコレクション[2]には五千組を越える「郷土かるた」が蒐集されていることを知り、その奥深さに驚き、また、大規模な松岡コレクションが存在するのであるから私が重ねて中規模に蒐集する必要性は薄いと思い、他方で、大牟田市立三池カルタ記念館(現在の三池カルタ・歴史資料館)は、自治体の施設であるので全国各地の自治体や教育委員会からの問い合わせなどに対応するために蒐集と研究を続けるべきポジションにあると思い、私のコレクションをすべて同館に譲った。なお、これに比べると規模は小さいが、群馬県の群馬大学に「日本郷土かるた協会」[3]があり、学術的な研究を進めていた。

その後、郷土かるたは、郷土の名所や今の芸能、祭りなどの紹介という観光っぽい内容のものから発展して、各地の社会団体やNGOが自分たちの抱える地域の課題の啓発を主題にして、環境問題、人権問題や郷土の伝統の芸能や祭礼などを取り上げた「いろはかるた」を制作するようになったこともあり、テーマ性の強い多数のかるたが出現している。また、宗教系の幼稚園などでは信仰を主題とする幼児教育かるた各種がつくられた。その反面で、伝統の「犬棒かるた」は、核家族化と少子化で親や祖父母が子や孫の家庭教育の一環として活用する機会が減少し、学校教育の現場でも活用されることは少なく、需要が減少していた。

社会問題がテーマのかるた各種
社会問題がテーマのかるた各種
宗教系の幼児教育かるた各種
宗教系の幼児教育かるた各種

[1] 「大正時代の横浜イロハかるた」『市民グラフヨコハマ』第五十八号、横浜市、昭和六十一年、二頁。

[2] NHK名古屋放送局ラジオ番組「ゴジらじ」平成二十五年六月二十七日放送分。http://www.nhk.or.jp/nagoya/gojiradi/archives/2013/0627/index.html

[3] http://www14.plala.or.jp/hpmsmiki/

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