メニュー

(五)趣旨不明の「漢詩かるた」中国起源説と会津起源説

ここに突然に闖入したのが吉海直人で、平成十六年(2004)の「『花かるた』の始原と現在」で、「漢詩かるた」が中国起源で日本のいろはかるたの「ルーツなのかもしれない」[1]と書いた。「漢詩かるた」が「いろはかるた」のルーツだというのはとんでもない方向違いの憶測で即座に否定されるが、その前提として「中国の漢詩かるた」の存在を主張しているのには驚いた。漢詩かるたは江戸時代前期、日本社会での新考案であって、日本文化の香りが高いこのかるたがそれ以前に中国に存在したことを示す史料は、日本にも、中国にもまったく存在しない。そのようなことを主張した研究者は日本にも中国にもいない。漢詩かるた中国起源説は史料的な根拠の全く存在しない吉海固有のファンタジーであった。私は当時このことを厳しく指摘した。合せて、吉海がこの論文で、花札の牡丹に蝶の図柄は「中国の『荘子』に、荘周が夢で胡蝶となって牡丹に戯れたという故事があり、おそらくそこから生まれた中国的な構図と見て間違いあるまい」[2]とした主張も、先人の研究によって、そもそも『荘子』では蝶となったとしか書かれておらず、牡丹に戯れたという記述が『荘子』にあるというのは吉海のフィクションであるところ、日本に伝来した後に、まず山吹などさまざまな花に戯れる図像が生まれ、それが牡丹に戯れる図像に集約されたのであり、「牡丹に蝶」の構図は日本発祥であることが明確に指摘されているところを誤読し引用した、中国の古典に暗く、先人の業績を学ばないで独善的な自説を述べる、二重の間違いと見て間違いあるまいと指摘した。それに対して吉海は、一言の弁解もないままに花札の研究世界から退場した。漢詩かるた中国起源説は一瞬のエピソードとして消えたのである。

そして吉海は、十年後の平成二十六年(2014)になると「『漢詩かるた』について」で「かつて『漢詩かるた』は、その名称から受ける印象として、中国発祥のカルタのように思われていた(カルタも同様)。‥‥それにしても『唐詩選』の五言絶句や七言絶句をかるたに仕立てたものが少なからず現存していることで、中国発祥説には蓋然性があると思われていた。ところが肝心の中国で古い『漢詩かるた』の存在が確認されておらず、そのため最近では、「歌かるた」の成立以降にそのバリエーションの一つとして『漢詩かるた』が日本で誕生したと考えられるようになっている。本論も日本発祥説の立場からあらためて『漢詩かるた』について考察してみたい」[3]と書いて復活を試みた。この一文に接して私は茫然とした。漢詩かるた中国起源説は、かつて吉海が唱えた説であり、吉海以前にも以後にも、他には誰もこれを唱えたことはない。それを学界全体に誤解が生じていたかのように書いて自己に固有の責任を回避しようとする記述は見苦しい遁辞である。それに、漢詩かるたという名称が中国起源を思わせるというのも吉海に固有の誤解で、中国人の感覚では漢詩かるたは漢代の詩文のかるたを意味し、仮に、『唐詩選』のような唐代の詩文のかるたがあればそれは「唐詩かるた」になる。「宋詩かるた」も「明詩かるた」も考えられる。実際には、中国には「唐詩かるた」も「宋詩かるた」も「明詩かるた」もなく、日本国内に、純日本産のこれらの名称の中国詩かるたがある。唐代の詩文を漢詩と呼ぶのが日本語であって中国語ではないことは研究者の常識であり、この言葉には日本起源の響きがあり、ここから中国起源とは感じることがない。私が呆然としたことは、吉海が自己に固有の誤りを学界全体に存在した誤解のように取り繕って自己の責任を回避したことと、日本起源説に改説するならその経緯、特に改説の契機になった私の指摘に感謝せよとまでは言わないが史料探索の結果については一言あってしかるべきなのではないか、ということである。残念なことに、改説にもかかわらず吉海の歴史認識も、執筆作法も改まっていない。

なお、吉海は、桑名市の漢詩かるたが勇壮に闘われており、「別名『けんかかるた』と称されているように、壮絶な奪い合いが『カルタ取り』の醍醐味となっているとのことで、その点も会津の『板かるた』の伝統を継承していると思われる」[4]として、漢詩かるた会津起源説を唱えているが、これにも実証的な史料の裏付けは全く存在しない。吉海は、従来、白河藩を中心地と考えて来た学界に共通の安定した漢詩かるたの理解をなぜ無理やり会津発祥説に変更したかったのであろうか。吉海の所属する大学の創立者の妻が会津出身でNHKの大河ドラマに採用されたので、会津の文化的伝統を称揚したかったのであろうけれども、これはもはや「邪馬台国論争」の世界に登場する、史料に基づかない新説の発想や論証の方法に近く、まっとうな歴史学上の主張とは言えない。


[1] 吉海直人「『花かるた』の始原と現在」『同志社女子大学日本語日本文学』第十六号、同志社女子大学日本語日本文学会、平成十六年、三九頁。

[2] 吉海直人、同前「『花かるた』の始原と現在」、四九頁。

[3] 吉海直人「『漢詩かるた』について」『同志社女子大学日本語日本文学』第二十六号、同志社女子大学日本語日本文学会、平成二十六年、八九頁。

[4] 吉海直人、同前「『漢詩かるた』について」、九三頁。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です