江戸幕府の崩壊と明治政府の下での近代国家の形成は明治初年(1868~77)に始まったが、それと日本社会の近代化との間には約二十年のタイムラグがある。明治二十年(1887)ころまでの日本社会では、江戸時代の文化が色濃く残っていた。それはかるたの世界でも同様であり、明治時代前期(1868~87)は、江戸時代のかるた文化が近代のそれにゆっくりと転換する時期であった。

「大新板開化皇国四十八言たとへ」 (石川和助板、明治初年)
「大新板開化皇国四十八言たとへ」
(石川和助板、明治初年)

この時期の世相をいち早く写したのが大阪平野町淀屋橋角の石川和助が出版した「いろは短哥というかるたである。そのうち、江戸のいろは譬えかるたをもじって幕末の動乱を扱ったものについてはすでに4-4で「いろは譬えかるた」を扱った際に末尾で取り上げた。そちらでは幕末の戦乱が取り上げられているが、全体としては冷ややかに事態の推移を見ており、幕府軍、官軍のどちらにも明確には味方していない。しかし、庶民は時代の空気を素早く読む。明治になって戦乱も収まり、文明開化が時代の精神になると同じ石川和助から「大新板開化皇国四十八言たとへ」というかるたが出版される。こちらでは、新時代の到来と制度の樹立、それに文明開化と大阪の繁華の全面的な礼賛である。変わり身が早いのも大坂商人道であろうか。「造幣寮」(明治四年・1871)、「学校」(明治五年・1872)、「郵便」(明治四年・1871)、「違式詿違条例」(明治五年・1872)、「裁判所」(明治五年・1872)、「教導職」(明治五年・1872)、「散髪断刀令」(明治四年・1871)、「天長節」(明治六年・1873)などの新制度も讃えられるし、「牛肉」「新聞紙」「風船」「長靴」「シャッポ」「ふらふ(フラグ)」「こうもり傘」「電気仕掛」「床屋看板」「油絵」「西洋時計」など文明開化の物品も取り上げられている。「てかけをつれて人力のあいのり(手懸を連れて人力の相乗り)」でさえ、そこには成り上がりぶりを揶揄したり批判したりする気持ちは感じられない。「ガス灯」(大阪では明治四年・1871)などもあり、明治五、六年(1872~73)ころの新風俗が多いが、大阪の「新政府(新府庁舎)」(明治七年・1874)、「京阪神鉄道」(明治九年・1876)があるのでこの頃の作品であろう。わずか数年での急激な変貌に驚く。全文を紹介しておこう。

「いこくもおよばぬ造幣寮(ぞうへいりやう)(異国もおよばぬ造幣寮)」

「ろくを奉還して商法(せうほう)をひらく(禄を奉還して商法を開く)」

「はんくはにかけたら皇国(くわうこく)第二等(だいにとう)(繁華に架けたら皇国第二等)」

「にくじきの第一はぎうにく(肉食の第一は牛肉)」

「ほうびいたゞく奇特(きとく)な區戸長(くこてう)(褒美いただく奇特な區戸長)」

「へんぴのとちまでもゆきとゞく御布告(ごふこく)(辺鄙の土地までも行き届く御布告)」

「とく川時代(ぢだい)のしんきようげん(徳川時代の新狂言)」

「ちがくをひらくがくかう(智学を開く学校)」

「りひをたゞす裁判所(さいばんしよ)(理非を糺す裁判所)」

「ぬからぬ新聞(しんぶん)やの探訪(たねとり)(抜からぬ新聞やの探訪)」

「るいのおゝひ唐物(たうふつ)みせ(類の多い唐物店)」

「をいゝゝひらけるゆうびん(追々開ける郵便)」

「わせいででけるけおりもの(和製で出来る毛織物)」

「かいくはにすゝむるしんぶんし(開化に進むる新聞紙)」

「よこもじでかく車留(くるまどめ)のたてぶた(横文字で書く車留の立札)」

「たびたびからるゝ陰賣女(しろいもじ)(度々狩らるる陰売女)」

「れやうりもきれいに西洋(せいよう)ふうみ(料理も綺麗に西洋風味)」

「そらをとばす風(ふう)せん(空を飛ばす風船)」

「つうがく生徒(せいと)のまちだかはかま(通学生徒の襠高袴)」

「ねつ暑(しよ)をしのぐこふりみづ(熱暑を凌ぐ氷水)」

「なかくつにしやつぽ(長靴にシャッポ)」

「らっぱでかけるのりあいばしや(ラッパで駆ける乗合馬車)」

「むかしにかはる西洋(せいよう)作(つく)り(昔に変わる西洋作り)」

「うりかいにははげしい交易商(こうゑきせう)(売り買いには激しい交易商)」

「ゐしきかいのつみはばつきん(違式詿違の罪は罰金)」

「のきへちらつくいはひ日のふらふ(軒へちらつく祝日のフラグ)」

「おもかげうつす写真鏡(しやしんきよう)(面影写す写真鏡)」

「くふうをこらせししんはつめいのきかい(工夫を凝らせし新発明の機械)」

「やはらかに説(とい)てぜんをすゝめる教導職(きようどうしよく)(柔らかに説いて善を勧める教導職)」

「まけずおとらぬはくらんくわいの出品(しゆつひん)(負けず劣らぬ博覧会の出品)」

「けんを廃(はい)してすつぱりとしたまるごし(剣を廃してすっぱりとした丸腰)」

「ぶきんをおさむるしよげいにん(賦金を納むる諸芸人)」

「こうもりがさにとんびがつぱ(こうもり傘に鳶合羽)」

「えれきしかけは人めをおどろかす(エレキ仕掛けは人目を驚かす)

「てかけをつれて人力のあいのり(手懸を連れて人力の相乗り)

「あるへいのやうなかんばんはカミハサミ床(有平(糖)のような看板は髪鋏床)」

「さてもりつぱな大坂の新政府(しんせいふ)(さても立派な大坂の新政府)」

「きみとぼくとのとほりことば(君と僕との通り言葉)」

「ゆくわいきはまる天長節(てんちようせつ)(愉快極まる天長節)」

「めぐすりには第一の精錡水(せいきすい)(目薬には第一の精錡水)」

「みちをてらすがすとう(道を照らす瓦斯燈)」

「しんシんほどのかしのぼう(人身程の樫の棒)」

「ゑそらてはないあぶらゑのしんの図(づ)(絵空ではない油絵の真の図)」

「ひゞきははやきでんしんき(響きは速き電信機)」

「もうどんだといふ十二じの號炮(ごうほう)(もうドンだと言う十二時の号砲)」

「せこんどまでさすせいよう時計(とけい)(セコンドまで指す西洋時計)」

「すがたをうつす大かゞみ(姿を写す大鏡)」

「京から神戸(こうべ)まで一瞬(ひとまはたき)(京から神戸まで一瞬)」

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