一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (五)「道斎かるた」の歴史 これらの比較から、何点か検討するべき点が見えてくる。 江戸時代中期の「譬え合せかるた」と「明治期譬え合せかるた」を合わせると百十三の諺になる。「譬え合せかるた」では百句が基準の数で有り、盛り込まれる諺に移動があって、新旧合わせて合計で百十三句になるものと考えられる。あるいはそれ以上の変動が有り、その中で現在まで残ってい... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (四)明治年間以降の「道斎かるた」 山城屋版の「道斎かるた」、六十二句の内容は次のようなものである。 「道斎かるた」(山城屋、昭和後期) 「いわしの(二文)[11]」(鰯の頭も信心から) 「いつも正月(点数なし)[21]」(いつも正月) 「八十の(二文)[40]」(八十の手習い) 「花みよしの(十二文)[26]」(花は三芳野) 「二かいから(二文... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (三)明治年間の「譬え合せかるた」 一方、「明治期譬え合せかるた」では、残存する七十四句の内容は次のようなものである。ただし、欠けている部分は、昭和後期の山城屋版「道斎かるた」で補った。 「譬え合せかるた」(明治年間、制作者不明) 「犬もあるけは(一)」(犬も歩けば棒にあたる) 「鰯のあたまも(一)」(鰯の頭も信心から) 「いつも(十)」(い... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (二)道斎かるたの前身「譬え合せかるた」 こうした「譬え合せかるた」の内容の変遷を示すために、その内容を比較しておきたい。 まず、江戸時代中期(1704~89)の手描き「譬え合せかるた」(百句かるた)、合計百対の譬えのうち絵札か字札が残存する八十五句の内容は次のようなものである。 江戸中期譬え合せかるた(五十句かるた) 「いわしのあたまも」(鰯の... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (一)「道斎かるた」の発見 かつて「いろは譬え合せかるた」の研究史では、江戸時代中期(1704~89)に活発に使われていた五十句一組、正続合わせて百句一組の木版摺り「譬え合せかるた」が、江戸時代後期(1789~1854)のはじめ、遅くも文化文政年間(1804~30)までにそれをいろは四十八句に整序した「いろは譬え合せかるた」に交代、変身したという... 館長