三 「英吉利言葉和解かるた」

英吉利言葉和解カルタ①

私がこれまで実見できた中で最も古い英語かるたは、制作者不詳の「英吉利言葉和解かるた」(仮題)であり、平成年間前期(1989~2003)に大牟田市立三池カルタ(現大牟田市立三池記念館カルタ・歴史資料館)の所蔵に帰した[1]

これは、自然、物品、人物などを題材とする百対・二百枚のかるたで、カードの大きさは縦五・九センチ、横三・七センチである。制作者は不明であるが、画像は江戸期に伝統の文化と新着の異質な外国文化の混じり合ったもので、この時期の混沌とした社会、文化のありさまをよく表しているが、図像そのものは、この時期の人物の姿、社会の風俗、自然の風景などを特に誇張なく写すとともに、海外から新着の文物を正確に描いており、高級なかるた札である。図像には、制作年や制作者を示す情報はないが、「銭」の「クァシ」の図像が文久二年(1862)に発行された「攵久永宝(略宝)」であるので、幕末期(1854~68)、この年頃の発行と推測させられる。

また、英語の紹介については、絵札にその単語のスペルがきわめて正確に示されており、これは当時のかるた屋では到底実現できない高レベルのものであるので、制作の関係者に英米人ないし英語に通じている日本人が含まれていたことを推測させるが、片仮名による発音の表記は奇妙なものが多く、「紙」が「paper」で「ペープル」であり、「空」「sky」であるべきところが「天」「heaven」で「ヒーヴン」であり、「地」が「earth」で「ヱルト」であるなど、オランダ語の読み方に影響されているところからすると、この関係者は英米人ではなくオランダ語にも通じた日本人と思われる。内容の一部を紹介したい。

英吉李言葉和解かるた②③
英吉利言葉和解かるた④⑤

「英吉利言葉和解かるた」(抜粋)

emperor  國帝(こくてい) インペルロ

man  男(おとこ) メン

woman  女(おんな) ウーメン

brother  兄弟(けうだい) ブロゾル

officiers  士(さむらい) オフィシァルス

husband man  農(ひやくせう) ハスバンドメン

work man  工(しよくにん) ウォルクメン

merchant  商(あきんど) メルチァント

herven  天(ひーぶん) ヒーブン/earth  地(ち) ヱルト

cloud  雲(くも) クラウド

wind  風(かぜ) ウインド

sun  日(ひ) ソン

moon  月(つき) ムーン

mountain  山(やま) マウンテーン/sea  海(うみ) シイ

river  川(かわ) リヴル/ship  舟(ふね) シップ

rain  雨(あめ) レーン/umbrella  傘(かさ) ユンブレラ

house  家(いゑ) ハウス

hand  手(て) ヘンド

foot  足(あし) フート

eye  眼(め) アイ

nose 鼻(はな) ノース

mouth 口(くち) マウズ

ear  耳(みゝ) イール

cow  牛(うし) クァウ

horse  馬(うま) ホールス

fish  魚(うを) フイス

birds  鳥(とり) ブァイアヅ

cock  鷄(にはとり) コック/eggs  卵(たまご) ヱグス

herb  草(くさ) ヘルブ/worm  虫(むし) ウオルム

table  食卓(めしつくゑ) テーブル

chair  椅子(いす) チヱル

fork  肉叉(みくさし) フオルク/spoon  食匕(さじ) スプーン

knife  小刀(こかたな) ナイフ/cleaver  包丁(はうてう) クリーヴル

tea tray  茶盆(ちやぼん) テイータリー/tea cup  茶碗(ちやわん) テイーコッフ

bottle  硝子罎(びいどろのびん) ボットル

rice  米(こめ) ライス

confection  菓子(くわし) コンフェクシュヨン

water  水(みづ) ウオートル

wine  酒(さけ) ワイン

watch  時計(とけい) ウォッチ

shoes  鞜(くつ) シユース

paper  紙(かみ) ペープル

ink  墨(すみ) インキ

pen  筆(ふで) ペン

oil  油(あぶら) オイル

lantern  提燈(てうちん) レンテルン

brotssom  花(はな) ブロスソン

cash  銭(ぜに) クァシ

clothes  衣服(いふく) コローツ

pillow  枕(まくら) ピルロウ

こうして詳細に見て見ると、自然現象の「空」が「天国」と誤解されたりする点も日本人と英米人の関係者の間でのディスコミュニケーションを示すが、その極みは「士」「農」「工」「商」である。「士」は英語で何というのかと英米人に質問したところ、その文字の意味を説明せよと逆質問されて、お役人様、奉行所にいる人であるなどと具体的に説明したために、役人なら「オフィシァルス」と答えられたであろう情景が浮かぶ。武士が「オフィシアルス」なのは、長く続いた泰平の世に、かつては武官であった武士がすっかり変質して文官の官僚になっている変化が率直に表されておかしい。次の「農」の「ハスバンドメン」は理解が難しい。これも勝手に想像するより仕方がないが、「農夫」は英語で何というのかと英米人に問い、文字を説明せよと逆質問され、農はこれこれだと説明した後で、夫は男ということだとでも説明したのだろうか、ところがその英米人は、夫は妻のいる男を指すと事前に知っていて、日本人の説明の後ろ半分だけに反応して、夫は「ハズバンド」のはずだが男を意味するというからそこに「マン」を加えて「ハズバンドマン」、いや複数形で「ハズバンドメン」でどうかということになり、日本人が、「ハズバンド」は「農」で「メン」は「夫」だと思って納得したということなのであろう。この大誤解に比べれば、「工」が「ウォルクメン」で、「商」が「メルチャント」とオランダ語風に発音がなまっていることなどは愛嬌のようなもので軽症である。

このように、このかるたには、江戸時代末期に突然に始まった英語学習のありさまを眼前にすることができる。異文化接触の常であるが、勘違いや無理な当てはめなどが多くあり、日本英語教育史の黎明期を物語る興味ある史料であるといえる。この時期の英語の流入については東京の神田外語学院による熱心な史料の蒐集と研究があり、その史料とこの三池カルタ記念館蔵のものと併せて検討することで、一層豊かな研究の進展が期待できる。

 


[1] 大牟田市立三池かるた記念館『図説かるたの世界』同館、平成十四年、二三頁。