二 大日本帝国の植民地経営における花札の活用 (二)植民地朝鮮における花札の流行 「北海花」に続いて大きく発達したのが「朝鮮花」である。この地においては、明治二十七、八年(1894~95)の日清戦争において、この地を制圧し...
二 うんすんカルタ図像の比較研究 (八)「すんくんカルタ」の紋標「矢」 すんくんカルタの紋標「矢」(『うんすんかるた』) この際、ここで扱ううんすんカルタの図像論とは直接に関係はないが、「すんくんカルタ」の第六の...
二 百人一首歌仙絵の世界での指導権の争奪 (三)菱川師宣による改革の背景 ここできちんと確認しておきたいが、崇徳院は、後水尾朝廷によって「廃帝」とされ、天皇の系譜から排除されていて、公式には、幕末期に上皇位に復位が...
一 「歌合せかるた」の広まり (三)歌合せかるたの社会的流行は承応年間以降 歌合せかるたの遊技法は、最初は『当家雑記』がいうように「貝覆い」と同じく「下の句」札を床上に円形に並べ、その中央の空地に「上の句」札を一枚出...
三 「めくりカルタ」の流行 (一)山東京伝は「めくりカルタ」好き めくりカルタ遊技図(『お花半七開帳利益札遊合』、安永三年) この時期に江戸で活躍していたのが戯作者の山東京伝である。京伝もめくりカルタが大好...