もう一点手元にあるのは、やはり江戸時代中・後期(1704~1854)に属するがまだ「いろは順化」は生じていない。カードは縦五・一センチ、横三・二センチで、彩色は「すいことば花月遊」かるたと同じ桃色、黄色、紺色の木版合羽摺りであるが、裏紙は字札、絵札ともに黒裏である。残念なことに枚数も足らず、箱もないのでかるたの名称がわからない。ただ、内容は「粋ことばかるた」であるから、そうした名前が付いていたものであろう。
なお、兵庫県姫路市にある兵庫県立歴史博物館の「入江文庫」には、これと同じ内容で江戸時代の摺りのかるたが三点所蔵されている。彩色の具合から、私の手元にあるものより少し後の幕末期(1854~68)のかるたと考えられるが同じ版木を使ったのかと思うほどにそっくり同じ内容で、カードの大きさは同じ、彩色が赤、黄、濃紺の三色で合羽摺りという制作法も同じである。さらに、こうした江戸時代の製法をそのまま引き継いで明治年間前期に制作されたものも手元にある。つまり、江戸時代中期から後期、幕末期を経て明治前期まで、上方でこの「粋ことばかるた」がいかに流行したのかが偲ばれる。
このかるたは次のような内容である。
「粋ことばかるた」(制作者不明、江戸時代中・後期)
「石かきのうなぎであなづつてじや(石垣の鰻で穴筒てじゃ)」
「いしうすじやないがしんぼうがかね(石臼じゃないが心棒(辛抱)が金)」
「いし山の秋のよでつきがよい(石山の秋の夜で月(付き)が良い)」
「はりぬきのおきあがりこぶしでしりがおもひ(貼り抜きの起き上がり小法師で尻が重い)」
「初午のいなりさんでおたてゝじや(初午の稲荷さんで尾立てて(煽てて)じゃ)」
「ほうらくのぎやうれつでおいりがつゞく(炮烙の行列でお煎り(大入)が続く)」
「本家の岩おこしでま事にかたい(本家の岩おこしで誠に固い(硬い))」
「へたなぜうるりできゝにくい(下手な浄瑠璃で聞きにくい)」
「どうじまのたてしできたいちまい(堂島のたてしで北市前(期待ちまえ)」
「をふやのかんばんでひにゝゝやせる」(お麩屋の看板で日に日に痩せる)
「かつら川のしぶながしであいかなわん(桂川の渋流しで鮎(相)かなわん)」
「かみゆいの手てふでゆうてつける(髪結いの手帳で結う(言う)て付ける)」
「よざくらのしよやまへでよいゝゝしや(夜桜のしよや舞で宵々(良い良い)じゃ)」
「たいこうさんのてうせんぜめでからさわぎ(太閤さんの朝鮮攻めで唐(空)騒ぎ)」
「たに合の桜とおたふくははながひくひ(谷間の桜とお多福は花/鼻が低い)」
「玉子の木のぼりで人手がほしい(玉子の木登りで人手が欲しい)」
「つかいどうしのれんぎで木がへるゝゝ(使い通しの連木で木(気)が減る減る)」
「ねなしのはやびきやくできうゝゝじや(寝無しの早飛脚で急々(汲々)じゃ)」
「なるとのみづでまいどうし(鳴門の水で舞通し)」
「中のよいふうふと三味せんはきれてはならん(仲の良い夫婦と三味線は切れてはならん)」
「らんぐひわたりのあとあしでくいたをし(乱杭渡りの後足で杭(食い)倒し)」
「むひつとしうとはよめにくひ(無筆と舅は嫁憎い(読みにくい))」
「むすめのはらぼてゞこうさんする(娘の腹ぼてで降参する)」
「うどんやのおならでそばがたまらん(饂飩屋のおならで蕎麦(傍)がたまらん)」
「うりだしのげいこさんでぴんゝゝじや(売り出しの芸子さんでぴんぴんじゃ)」
「うしのかんしやくでまごつく(牛の監視役(癇癪)で馬子付く(まごつく))」
「植木のたちきゝで木がきいてゐる(植木の立ち聴きで木が聴いて(気が利いて)いる)」
「ゐなり山のこたつできつあたり(稲荷山の炬燵で狐(きつ)当たり)」
「おてらの月見でまるゝゝじや(お寺の月見で丸々じゃ)」
「おもの見のごちそうでくらいがたかい(おものみの御馳走で位が高い)」
「くりびんあたまでおもふゆはれぬ(刳り鬢頭で思うように結われぬ(言われぬ))」
「柳のむしで木にいつてゐる(柳の虫で木(気)に入っている)」
「やきもののきんちゃくであかんゝゝゝ(焼き物の巾着で開かん開かん(あかんあかん)」
「まつの木に鶯できがちがふてる(松の木に鶯で木(気)が違っている)」
「ふうりんとたいこもちはちんゝゝいふ(風鈴と幇間はちんちん言う)」
「こうじん松の川ながれでしんがうかん(荒神松の川流れで芯(心)が浮かん)」
「手ならいのそうしでくろうしてじや(手習いの草子で黒う(苦労)してじゃ)」
「天のぼんさんでそらそうじや(天の坊さんで空僧(そらそう)じゃ)」
「てんぐのかけおちでまがぬけた(天狗の駆け落ちで間が抜けた)」
「あかごのきやうずいでたらいでなく(赤子の行水で盥で泣く)」
「あたらしいうちばんでしんきな(新しい打ち盤で新木(辛気)な)」
「あたらしいふねとよい娘はのりたがる(新しい舟と娘は乗りたがる)」
「しばいのわきさしでひかつてもきれん(芝居の脇差で光っても切れん)」
「じまんのつづみうちでぽんゝゝいふ(自慢の鼓打ちでぽんぽん言う)」
「ゑにかいたさむらいでさしつめじや(絵に描いた侍で差し詰(さしづめ)じゃ)」
「ひもなしめがねではなにかけてじや(紐無し眼鏡で鼻に掛けてじゃ)」
「せきとうのやどかへではかがいく(石塔の宿替えで墓(はか)がゆく)」
「ぜんざいもちのおかづであつてものふても(善哉餅のおかづで有ってものふても(無くても))」