日本諺英訳かるた

日本諺英訳かるた(制作者不詳、明治前期)

この時期には、日本人が外国人に日本の譬えを英語で説明するためのかるたという複雑、奇妙なものも作られている。明治前期の木版のかるたであるが、文字札には「怒(いか)るは敵(てき)とおもへ」とあり、上部にThink that angry is like enemy(シンク ザツト アングリ イズ ライク エネミイ)」とある。絵札は丸く囲った「イ」の字と刀を抜きかけた侍の図像である。何枚かを紹介したい。

 

「(日本)譬え合せかるた」

 

イ:怒(いか)るは敵(てき)とおもへ:Think that angry is like enemy.

(シンク ザツト アングリ イズ ライク エネミイ)

 

ロ:論(ろん)より証拠(しやうこ):Several debates can not conquest one testification.

(セブラル デーベイツ ノツト コンケスト ワン テステフイケション)

 

ハ:花(はな)に嵐(あらし)の障(さわり)あり:Ah! flower are break by wind and rain.

(フラワー アール ブレーク バイ ウインド エンド レイン)

 

ニ:似(に)たものは夫婦(ふうふ):Hasband is like wife and wife like hasband. 

(ハズバンド ライク ワイフ エンド ワイフ ライク ハズバンド)

 

ホ:惚(ほれ)て通(かよ)へば千里(せんり)も一里(いちり): It is need to go lover house through thousand miles.

(イト イズ ニード ツウ ゴウ ラバー ハウス スルー サウザンド マイルズ)

 

ト:冨(と)むと●(上にム、下に虫)(いへ)ども貧(ひん)を忘(わす)るな:Though now is rich not unthiking poor time.

(ゾウ ナウ イズ リッチ ノット アンシンキング プーア タイム)

 

チ:盗人(ぬすびと)の番(ばん)には盗人(ぬすびと)を使(つか)へ:Guard of robber would be a robber.

(ガード オブ ロウバー ウツド ビー ア ロウバー)

 

ル:類(るゐ)は友(とも)を集(あつ)むる:Same tribes like same tribes.

(セーム トライブス ライク セーム トライブス)  

 

ワ:我(わが)舌(した)を以(もつ)て我(わが)咽喉(のど)を突(つき)なすな:Do not cut my swallow with my tangue.

(ズウ ノツト カツト マイ スワロウ ウイズ マイ タン)

 

ヨ:良(よ)き新聞(しんぶん)に新聞(しんぶん)なし:Good news is not new intercourse.

(グツド ニユース イズ ノツト ニユー インタ コールス)

 

ソ:損(そん)少(すくな)きものは益(ゑき)もまた少(すくな)し:Opposite of littl lois is littl gain.

(オツポジイト オブ リツトル ロイス イズ リツトル ゲイン)

 

ネ:猫(ねこ)に小判(こばん):Cat do not know worth of coin.

(キヤツト ヅウ ノツト ノウ ワアース オブ コイン)

 

ナ:永(なが)い浮世(うきよ)に短(みぢか)い生命(いのち):The earth have long live mankind have short live!

(ゼ アールス ハブ ロング ライブ、マンカインド ハブ シヨウト ライブ)

 

ウ:生(うま)れと衣裳(みなり)に頭(かしら)を下(さげ)るな:Do not down your head as to good birth and good dress.

(ヅウ ノツト ダウン ユーア ヘツド アズ ツー グツド バース エンド グツド ドレス)

 

ク:唇(くちびる)亡(ほろ)びて歯(は)寒(さむ)し:O! When lip is ruin teeth is cold.

(ホエン リップ イズ ルイン テース イズ コールド)

 

ヤ:下直(やす)からう悪(わる)からう:Almost all cheap thing is bad.

(オルモスト オウル チープ シング イズ バツト)

 

マ:全(まつた)くの勝(かち)は闘(たゝ)かはづ:Enough conquest is without war.

(イナフ コンケスト イズ ウイズアウト ウオー)

 

ケ:今日(けふ)の后(のち)に今日(けふ)なし:After today is not today.

(アフター ツウ デイ イズ ノツト ツウ デイ)

 

コ:子(こ)故(ゆゑ)に闇(やみ)に迷(まよ)ふ:Childrn blind the parents eyes. 

(チルドルン ブラインド ザパレント アイ)

 

テ:天(てん)に私(わたくし)なし:The heaven do not privat manners.

(ザ ヘーブン ズー ノット プライベト マナース)

 

ユ:油(ゆ)だんは大敵(たいてき):O! imprudence is great enemy.

(インプルデンス イズ グレート エネミーズ)

 

ミ:美目(みめ)より唯(たゞ)心(こゝろ):Do not like only beauty of face.

(ドー ノツト ライク オンリー ビウテー オブ フエース)

 

ヱ:笑(ゑ)みの中(うち)にも剱(つるぎ)あり:Think that is sword into a smile.

(シンク ザツト イズ スオーード インツウ エ スマイル)

 

モ:物(もの)は試(ため)し:Know every thing by experiment.

(ナウ イベリー シング バイ イキシペリメント)

 

ス:住(す)めば都(みやこ):Every liuing place is capital to every.

(イブリー リービング プレース イズ キャピ タル ツウイベリー)

 

いろは譬え英訳かるた

いろは譬え英訳かるた(制作者不詳、明治前期)

もう一点は、明治中期の機械印刷のもので、上方の「いろは譬えかるた」を英語に翻訳したかるたである。文字札は、最上段に「い(I)」「ろ(Ro)」などと頭文字があり、「い(I)」の例で言えば、中段に「Issun saki wa yami no yo.」というローマ字表記の読みがあり、下段に「(Beyond an inch it is a dark night.)」という英訳文がある。日本の譬えを日本語で理解できるようにローマ字で表記したうえに内容を意訳して英文で説明しており、日本の文字を読めない外国人にそれを理解させようとする、まさに英訳かるたである。そして、この一例だけでも分かるように、日本語の「一寸先は」の表記では「は」のローマ字表記が「wa」であり、文字のローマ字化ではなくて発音のローマ字表記である。また、英訳はしっかりしており、スペルも正確であるし、怪しげな片仮名発音もすでに消えている。絵札は各々の譬えを表す図像で、「論語読み」は先生も弟子もちょんまげ姿であるが、「夜目、遠目」の女性は洋傘を差した女性であり、「袖振り合う」男性は帽子に和服姿、もう一人の男性は手に旅行鞄であり、いかにも明治中期頃である。絵札には、いろはかるたのお約束、「い(I)」のような頭文字がある。

 

このかるたは、英語理解力の高いものであることから、あるいは欧米人が制作に関与していた事態も想定できるが、譬えの英訳は直訳で、たとえば「夜目、遠目、傘のうち」が(One seen at night, at a distance, at under an umbrella.)であり、「瓢箪から駒」が(A pony out from a gourd.)である。はたしてこうした英文で日本の譬えの意味合いが外国人に理解できるのかは疑問である。また、「論語読みの」の「論語」は、The Analects of Confuciusと英語圏での定訳で翻訳するのではなく、日本語読みのままに、Rongo である。欧米人であれば中国の古典、論語の存在は知っているであろうからわざわざRongoなどという日本でしか通用しない奇妙な書名表記を示すことはないであろう。これは、欧米人は論語というものを知らないだろうとする日本人の勝手な思い込みに由来する翻訳である。あるいは、和製英語の「トランプ」のように、「ロンゴ」で欧米でも通用すると思っていたのだろうか。また、「仏の顔も三度」の「仏」も、Even BuddhaであるべきところがButsuである。「仏」は仏陀のような聖者を意味するのに、「ぶつ」では仏像になってしまう。「仏の顔も三度」が「仏像の顔が愛想良く見えるのも三度」とか「仏像の顔が好意的に見えるのも三度」では、譬えの意味はさっぱり分からない。そうすると、翻訳担当者は日本人であったのであろうか。正確な英文表記も、欧米人の直接の関与ではなく、どこかに「いろは譬え」の欧米人による翻訳が既に存在していて、このかるたの日本人の制作者がそれを転用したという事情を想像させられる。この怪しい英語表記の原本が発見できれば疑問が解決するのであるが、私はそれを知らない。参考までに、何枚かを紹介しておこう。

 

英語版「(日本)譬え合せかるた」

 

い(I) Issun saki wa yami no yo. (Beyond an inch it is a dark night).

 

ろ(Ro)Rongo yomi no Rongo shirazu. (Those who have read Rongo, but do not know it).

 

は(Ha)Hari no ana kara ten nozoku. (To look at the soky thrugh the hole of a needle).

 

ほ(Ho)Hotoke no kawo mo sando. (The face of Butsu looks amiable only for three times).

 

へ(He)Heta no naga dangi. (An inexperienced preacher delivers a long sermon).

 

よ(To)Yome tome kasa no uchi. (One seen at night, at a distance, or under an umbrella).

 

そ(So)Sode no furi awase mo tashiō no yen. (The touching of sleeves on a street is due to a relation in the other world).

 

を(O) Ōta ko ni oshiye—rarete asase wo wataru. (A person crosses a ford pointed out by a child on his back).

 

く(Ku)Kusai mono ni wa hai ga takaru. (Flies swarm around a stinking substance).

 

ま(Ma)Makanu tane wa hayenu. (Not sown, not grown).

 

あ(A) Ashi moto kara tori ga tatsu. (A bird starts up near the feet).

 

さ(Sa)Saru mo ki kara ochiru. (Even a monkey sometimes falls from a tree).

 

ゑ(Ye) Yen no shita no mai. (A dance under a porch).

 

ひ(Hi)Hiyotan kara koma. (A pony out from a gourd).

 

も(Mo)Mochi(kind of bread) wa Mochiya. (The baker knows best about baking).

 

せ(Se)Sendan wa futaba yori. (Even a young sprout of the melia is fragrant).

 

す(Su)Sudzume hiyaku made odori wo wasurenu. (The sparrow does not forget dancing though it be a hundred years old).

 

京(Kio)Kiō ni inaka ari. (Even in a capital city is found a rustic scene).

 

なお、この時期には、外国語に親しむためのかるたは流行しており、国文学研究資料館がまとめた「明治期出版広告」を見ると、次のような例が見つかる。

 

明治18年12月25日:「新撰絵入/英語かるた、新撰絵入/羅馬字かるた 此カルタは遊戯の間に英語や羅馬字を覚え得らるゝ様工夫せしものにて、其有益且美麗なることは今までありふれたるカルタの類に非ず。苟も子弟を愛するの父兄は之を其子弟に授け玉はゞ裨益する処少小に非るべし。又誠暮年始等の御進物には此上も無き佳品なり。請ふ陸続購求賜へ。」興文社。

 

明治20年1月21日:「英和単語かるた附タリ羅馬字用例(英語暗唱ノ翫具ナリ)」叢書閣。

明治20年1月21日:「ABC CARD 綴字かるた一名校二ノ二(スペリングニ慣レ日用単語ヲ暗記スルノ翫具ナリ)」叢書閣。

 

明治20年2月13日:「英語近道/ナショナルリードルかるた」天狗書林兎屋誠。

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