(三)その後の「舞台芸能かるた」

江戸時代後期(1789~1854)以降の「舞台芸能絵合せかるた」としては、まず、木版の歌舞伎役者かるたがある。江戸の歌舞伎のかるたは江戸で作られ、上方の歌舞伎に関するものは、京都、大坂で作られた。それについては、後に項を改めて詳述する。

これ以外の「舞台芸能かるた」については、史料が散逸していてよく分からない。古書市などに出品されたものが少なくないが、コレクターなどに買い取られて秘蔵され、研究史料の世界から姿を隠している。ただ、そのなかで、平成年間前半期に大牟田市立三池カルタ記念館(現、大牟田市立三池カルタ・歴史資料館)が蒐集したものは、幸いに研究史料としての活用が可能である。同館の表した『図説カルタの世界』には三点が掲載されている。

能楽合せカルタ(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館蔵、江戸時代後期)

 

一点目は、「能樂合せカルタ」[1]と説明されている、幕末期(1854~68)か明治前期(1868~87)頃の一対・二枚の謡曲の絵合せかるたである。「井筒 風吹はおきつ白なみたつた山 夜半にや君の独りこゆらむ」、「雲林院 月やあらぬ春や昔のはるならぬ 我が身ひとつはもとの身にして」、「弦上 恋わひてなく音にまかふ浦波は おもふかたより風や吹らむ」、「道成寺 山寺の春の夕くれきてみれは 入相のかねに花そちりける」などと、曲目と詞が書かれた文字札と、舞台の情景を描いた絵札があり、読み手が字札を見て書かれた和歌を詠い、参加者一同がその絵札を探す遊技法であったのだろうか、絵札には文字がないので、能楽の愛好者である大人向けのかるたと考えられる。

絵合せ(2枚組み)かるた(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館蔵)

 

二点目は、「絵合せ(2枚組)カルタ」[2]と説明されている、能の演目を二枚組に仕立てたかるたである。同時期のものであろう。「乱(猩々)」、「西行桜」「浦島」「杜若」等の演目で、主人公が登場する絵札が二枚ずつある。遊技者は、二コマの図像を見ながらストーリーを思い起こす趣向である。もうひとつの特徴は、図像が能の舞台の描写ではなく、普通の出来事の場面をリアルに描いて、おとぎ話の絵本のような編集になっているので、子どもに能を鑑賞する世界の入り口を教えているのであろうか。札に点数の表示もなく、大人向けの賭けを伴う遊技用のものではないことが知れる。現所蔵者が「能合せカルタ」ではなく単に「絵合せカルタ」とした趣旨もこの辺にあるのだろう。

 

狂言合せかるた(4枚組み)(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館蔵)

 

三点目は、「狂言合せ(4枚組み)カルタ」[3]と説明されているが、明治年間の四枚組の「能絵合せかるた」である。これは、「安宅」「湯谷」「紅葉狩」「乱」(「猩々」の別名)などの舞台の道具だけを描いて、遊技者に登場人物や舞台の場面を想像させる趣向のものであり、各紋標が主札、短冊札、平札二枚で構成されている。主札には、五十点ないし二十点の点数が付き、短冊札には十点の点数が付いている。札の構成、点数の付け方ともに花札の影響が強く、いかにも明治年間の遊技具である。

能合せかるた(永青文庫蔵、『王朝のあそび』、江戸時代後期)

なお、これに類するものに、かつて『王朝のあそび』で紹介された、永青文庫蔵の「能合せかるた」[4]がある。ここでは、二十二枚の札が掲載されているが、ランダムに過ぎてその構成が分らない。ただ言えるのは、これも能楽の演目の合せかるたで、二十点から二百点の主札が十二枚、短冊札が七枚、点数表示のないカス札が三枚ある。主札、短冊札、カス札という構成や、点数表示があることなどから、概ねは三池カルタ・歴史資料館蔵品の三点目のものと同時代のものと思われる。ただ、他の「花鳥合せかるた」の場合と同様に点数の配分にばらつきが大きすぎてその趣旨が良く理解できないし、掲載されているカス札三枚の内の一枚は点数表記を忘れた「夜討曽我」の主札のように見えるし、踏み込んだ研究が必要である。


[1] 大牟田市立カルタ記念館編『図説カルタの世界』、同館、平成十四年、一八頁。

[2] 前引注1、『図説カルタの世界』、一八頁。

[3] 前引注1、『図説カルタの世界』、一八頁。

[4]朝日新聞社『王朝のあそび』、同社、昭和六十三年、三〇頁。