江戸時代~昭和時代、伝統の賭博/遊技系カルタ一覧 天正カルタ 表紙 天正カルタ(ブロンホフ・コレクション、江戸時代後期) 天正カルタ 海外からカルタが入るとすぐに、それを模倣した天正カルタが作られました。産地は筑後国三池村(現福岡県大牟田市)から京都に移り、手描きのものと木版のものがあり、賭博かるたに引き継がれました。 「江戸時代~昭和時代、伝統の賭博・遊技系カルタ」の解説はこちらからご覧いただけます。 天正カルタ 初期天正カルタ(版木)(制作者不詳、江戸時代初期) 初期天正カルタ(制作者不詳、南蛮文化館蔵品、江戸時代初期) 初期天正カルタ(版木拓摺り)(制作者不詳、中国製?渡来中国人製?江戸時代初期) 天正カルタ(骨摺り)①(カルタ版木重箱、『うんすんかるた』) 天正カルタ(骨摺り)②(カルタ版木重箱、『うんすんかるた』) 中期天正カルタ(江戸時代前期)(三池カルタ記念館復元品、平成三年) 中期天正カルタ(江戸時代前期)(うなゐのとも』第五輯掲載品、明治中期) 中期天正カルタ(江戸時代前期)(清水晴風手控え帳収録品、明治中期) 中期天正カルタ(制作者不詳、滴翠美術館蔵品、江戸時代前期) 後期天正カルタ(制作者不詳、江戸時代中期) 「江戸時代~昭和時代、伝統の賭博・遊技系カルタ」の解説はこちらからご覧いただけます。
二 百人一首歌仙絵の世界での指導権の争奪 (六)狩野派の目指した崇徳天皇の復位 そして、ここで最も目を引くのは、狩野派が、崇徳院に繧繝縁(うんげんべり)の上畳と茵(しとね)を配して描くことによって、それまでは崇徳院から畳...
一 歌人絵のある「百人一首かるた」の登場 (二)かるたの歌人絵のモデルは歌仙絵画帖 歌合せかるたにその和歌を詠った歌人の図像を入れるというアイディアは江戸時代前期(1652~1704)、具体的には江戸幕府の四代将軍、徳川家綱...
四 源氏物語かるたと百人一首かるた (三)百人一首かるたと源氏物語かるた かるたとしての広がりという点からすると、百人一首かるたの勝ちであった。江戸時代の全期を通じて、さまざまな歌合せかるたが存在した。伊勢物語、古...
二 骨牌税の導入と賭博系カルタの盛行 (六)京都のカルタ屋による全国の「地方札」の制作 カルタ屋は、同時に少量ではあるが、「八八花」の全国に及ぶ大流行よりも以前の時期に各地で使われていた、その地方の花札の遊技を支えてきた個性の強...
南部カルタ、黒札及び花巻花札の歴史 六 太田コレクションが投げかける課題 以上、十枚のカルタ版木の骨刷りを見ることで、何が新しく理解できたのか。これらの史料は、採取された場所や時間が判然としないという大きな弱点はあ...
二 家族遊戯具としての「いろはかるた」の衰退 (七)大正、昭和の都市型「イロハかるた」 「コドモアサヒ・ノリモノカルタ」 明治時代後期(1903~12)から日本社会では、伝統的な大家族の共住から離脱した都市型の核家族が成立するよ...