(三)「うんすんカルタ」の終わり

うんすんカルタはその始まりが良く分らないだけでなく、終りもよく分からない。古く清水晴風は、このかるたを『うなゐのとも』で紹介する際に江戸時代の文献の写し間違いをして、このかるたが寛政の改革で禁止されたと書いているが、史実ではない。うんすんカルタは、江戸時代中期(1704~89)後半に人気を失い、自然に消滅したと考えられる。その後は、岡山県の池田藩や熊本県の人吉(相良)藩などの領内やその近辺で遊技が生き残っていた程度である。

ただ、「うんすんカルタ」には美麗な手作りのものが多く、高級感があったので、江戸時代中期(1704~89)以降、茶道の世界では、江戸時代前期(1652~1704)に制作された天正カルタ模様の茶道具を「うんすんかるた模様」のものと呼んで珍重した。そこで、古来のカルタはすべて「うんすんカルタ」という総称のもとで理解されるようになり、明治、大正年間(1868~1926)にいたるまでその旧慣が維持されたので、「うんすんカルタ」と言う名称は広く残存した。今日でも、骨董商は、めくりカルタ札でもかぶカルタ札でも少し古いものは好んで「うんすんカルタ」と命名して売っている。

とはいえ、それはカルタ札に限っての話であり、うんすんカルタ遊技については忘れ去られてしまった。美麗なカルタ札は何点も残されていたが、遊技に関しては見当もつかなかった。その中で、江戸時代中期(1704~89)に大田南畝が書き留めた記録と、それを写しつつ若干補足した江戸時代後期(1789~1854)の山崎美成の記録だけがこのかるたの遊技に言及しており、他では得難い情報源となった。その後、昭和後期(1945~1989)に、熊本県人吉市で、このかるたがなお遊技に使われていることが発見され、何点か、重要な情報が得られたことはすでに述べた。

そして、平成期(1989~2019)に入って、もう一点の史料が出現した。それが、大津市歴史博物館の企画展に出品された一組のうんすんカルタである。このカルタは、同館によって江戸時代初期(1603~52)のものと鑑定されている。そうだとするとこれは現存する最古のうんすんカルタということになるのだが、それは全くの眼鏡違いであり、数札の紋標の描き方や絵札の図像の描き方に末期症状を示す何点もの逸脱があり、江戸時代前期(1652~1704)からの伝統がもはや継承されなくなりつつある江戸時代中期(1704~89)後半の制作品であることを示している。

注目するべきなのは、このカルタでは、「オウル」の「ソウタ」の札がなく、その代わりに「オウル」の「ウマ」の図像が二種類入っていることである。「ソウタ」が四枚で「ウマ」が六枚では遊技に差しさわりがあるので、何者かが二枚の「オウル」の「ウマ」のうちの一枚の右上に「十」と墨書して「ソウタ」扱いに代用している。こういう誤りはこのカルタ以外には見たことがない。江戸時代前期(1652~1704)や中期(1704~89)でも札の入れ間違いはよく起きていたであろうが、当時は制作者に苦情を申し立てて差し替えを命じることは容易であったのであるから、「十」と書いて我慢するようなことにはならない。別の角度から見れば、このカルタはとても丁重に作られているので上流階級の家に納められたものであろうが、実際には遊技に使われずしまい込まれていて、ずいぶん経ってから使おうとして開けて見たら図像に乱れが多くあり、「ソウタ」と「ウマ」の入れ間違いの誤りがあり、しかしもうすでに購入した店にクレームを言うには時機を失していたということであろうか。つまりこのカルタは、遊技としてはすでに廃れ、ただ嫁入り道具として飾る形が残った江戸時代中期(1704~89)後半のものと考えられるのである。逸品を入手したと思って自慢していたであろうコレクターとしては残念な品物であるけれども、うんすんカルタ史の末期の様相を示す史料としては逆に面白いものと思う。高価な高級品であるだけに、終末期の香りを感慨深く感じ取ることができる。

なお、すでに上に記した「神戸村文書」の記事は、新たな謎を生み、私の理解するうんすんカルタ史にも揺らぎをもたらす。木版のうんすんカルタの歴史は不明で、山口吉郎兵衛は、明和安永の頃(1764~81)にうんすんカルタが流行し、この頃には「赤、紺、黄、樺色に銀色が加わった色彩入印刷品のウンスンカルタも出来ているが、これ等の色彩は木版ではなく型紙で行ったものらしい」[1]としているが、私は、山口が見たうんすんカルタの実物に「樺色」があったとするならばカルタの彩色としてはイレギュラーであり、明治前期のものを見誤ったと判断している。ただ、神戸村文書の示すところによれば、江戸時代後期に木版印刷のうんすんカルタがあり得たことになるのであり、木版のかるたの歴史の解明が少し前進できる。この辺は、今後の研究の進展を待つことになる。


[1] 山口吉郎兵衛『うんすんかるた』、リーチ(私家版)、昭和三十六年、六五頁。

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