四 西日本に広がる「まめカルタ」 (三)西日本での「かぶカルタ」遊技の分布 こうして西日本のかぶカルタ系の賭博カルタ札をよく見てくると、そこに、江戸時代前期(1652~1704)の終わりころ、元禄年間(1688~1704)以降、江戸時代中期(1704~89)であろうか、とても古い時代に、かぶカルタ系では一組四十八枚で残らず青く描いたきんご賭博の専用札を作り、遅れて登場したまめカルタでは九度山札... 館長
四 西日本に広がる「まめカルタ」 (二)「天下一」「菊一」のカルタ まめカルタ(岸本文庫蔵、『うんすんかるた』) ところで、山口吉郎兵衛『うんすんかるた』に「 岸本文庫蔵オウル紋四十枚カルタ版木複製 」が紹介されている。それの「オウルの四」の中央に「菊一」の図像と「極上仕入」の文字があり、この札は制作者のカルタ屋を表記する箇所でもあるので、「菊一」がカルタ屋の屋号であり「菊一極上仕入れ... 館長
四 西日本に広がる「まめカルタ」 (一)「まめカルタ」は「かぶカルタ」の西日本バージョン 任天堂の製品一覧ポスター 「きんごカルタ」と「かぶカルタ」の関係を考えるにあたって、もう一つ見ておきたいのが「まめカルタ」系の賭博カルタである。現代まで残った地方札としては、一組四十八枚の「九度山」と、一組四十枚の「目札」「 小丸 」「 大二 」が知られている。その使用地として、制作者の任天堂が明治後期(1902~12... 館長