松成堂の「源氏歌かるた」
松成堂の「源氏歌かるた」

「百人一首歌かるた」以外の「歌合せかるた」類は、明治時代の終わり頃までにはこれをなお愛好していたごく一部の趣味人を別にすれば過去のものとなっていた。江戸時代に広く愛好されていた「古今集歌合せかるた」「自讃歌合せかるた」「三十六歌仙歌かるた」「伊勢物語歌合せかるた」などは近代化の波の中に没して姿を消した。「源氏物語歌合せかるた」は比較的健闘したが、時代の波には抗いきれず、消えていった。こうした時代の流れに逆らうように、明治時代後期(1903~1912)に東京日本橋の松成堂が機械印刷の美麗な「源氏物語かるた」を発行したが、それはこの江戸時代には「百人一首かるた」と歌かるた遊技の首座を争った人気の歌かるたの最後を飾るひと時の輝きのようなものであり、これを最後に、「源氏物語かるた」が市場から姿を消した。

しかし、他方で、この時期に勃興してきた歌かるたもある。「萬葉集歌かるた」である。「万葉集」は、明治時代中期(1887~96)に入ってから高く評価されるようになり[1]、注目を集めた歌集であるが、大正年間(1912~26)以降にはそれをかるたにする試みも盛んになった。ただ、万葉集は四千首以上のの膨大な歌集であり、そこから百首程度の和歌を選んで代表作としてかるたにするもとには、歌の選定で異論がありうる。

主婦之友社「萬葉百首絵かるた」
主婦之友社「萬葉百首絵かるた」

ここで特に注目されるのが、昭和二年(1927)に「主婦之友社」が企画した「萬葉百首絵かるた」[2]の発行である。ここでは、万葉集の和歌から歌壇の大家が二百首を選び、それを読者の投票にかけて上位の百首に絞り、小林古径、野田九浦、平福百穂、前田青邨、安田靫彦の五名の有名画家が図像を分担して描き、書家の尾上柴舟が和歌を書き、木版で制作したものである。私は、これが、明治時代(1868~1912)以降に制作された日本のかるたの中ではもっとも美術的に優れた「歌合せかるた」であると思っている。五人の画家の作品は見事に美しいと言わなければならない。このかるたは、発売当時は人気で版を重ねたが、その後の戦時体制下でいつしか忘れられていった。ただ、その後平成年間(1989~2019)に、同社の本社社屋の改築時に地下から未加工の刷り物が発見され、それをかるた札に仕立てたものも復刊され、注目を浴びた。

「萬葉百首絵かるた」
「萬葉百首絵かるた」
中西進「万葉かるた」
中西進「万葉かるた」
個人撰「万葉かるた」
個人撰「万葉かるた」
「筑紫萬葉かるた」
「筑紫萬葉かるた」

そして、昭和後期(1945~89)になっても、私家版での「万葉かるた」の出版が続き、さらに「犬養孝萬葉かるた」や令和改元記念「萬葉かるた」、その他の個人撰の「万葉かるた」などの出版も続いた。また、「筑紫萬葉かるた」や「越中萬葉かるた」のように、その地方を取り上げた万葉集の中の和歌を集めた、地方版の萬葉かるたも登場した。これは、明治後期(1903~12)以降の近代日本に勃興した歌合せかるたとして、珍しい例である。

一方、ごく短期間のエピソードに終わったのが、昭和前期(1926~45)の戦時体制下での「御簾隠れ百人一首」と「愛国百人一首」である。この時期の極端な天皇制崇拝論の高ぶりの中で、百人一首という歌集が男女の関係を扱う歌が多くて軟弱であるとする以前からの批判に加えて、天皇、皇族の扱いが軽薄であるとの批判が高まり、百人一首かるたの図柄から、畏れ多い天皇や上皇の絵姿を棚上げせよとする主張が起こり、それに呼応して、天皇や皇族を御簾に隠して画像化することとなった。これが「御簾隠れ百人一首かるた」であり、昭和後期(1945~89)の社会ではすでに忘れ去られていたものを昭和末期(1985~89)に私が発見した。そして、昭和十年代(1936~45)に戦争体制が深化すると、百人一首という歌集そのものが批判され、それに代えて天皇崇拝と愛国主義を強調する和歌を集めた、日本文學報国會による「愛國百人一首」の編纂と、それをかるたにした「愛國百人一首かるた」の刊行が進められた。当時は統制経済体制であったが、用紙の優先的な配給もあり、多くの構成、図柄のかるたが出回った。だが、実際には、戦時下の国民は容易にこれを受け入れることがなく、多くのかるたがデッドストックとなって敗戦後まで残り、骨董市などで雑に安価で扱われていたが、戦時下の文化統制の生き証人となる現代史史料として批判的に取り上げられることが多かった。短時間に国が上から文化を押し付けようとしてもうまくいかない例である。


[1] 品田悦一『万葉集の発明 国民国家と文化装置としての古典』、新曜社、平成十四年。

[2] 主婦の友社『主婦の友社の五十年』同社、昭和四十二年、一四一頁。

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