ところで、高度成長期に、トランプでは、いわゆるPRトランプであるが、企業が製作経費を負担して、宣伝用に裏面に会社名が入ったり、表面のデザインに商品の写真を盛り込んだり、画家やイラストレーターに新規にデザインを起こさせたりしたものが作られて得意先などに配られた。一線級の画家やイラストレーターが創作したものはやはりとても魅力的で、コレクターの間でも著名であった。一方、花札ではそういうことはほとんどなく、PR花札にはほとんどお目に罹ったことがない。わずかに「キリンシーグラム」が「桐」の札の一枚の下部に商品名を書き加えて配布した物がある程度であった。例外的なのは大阪朝日放送のテレビ番組で、昭和四十九年(1974)七月から昭和五十一年(1976)三月まで放送された「米朝ファミリー和朗亭」が宣伝用に「任天堂」で製作した花札で、イラストレーターの成瀬國晴が画を描き、「松」は笑福亭仁鶴、「梅」はキダ・タロー、「桜」はミヤコ蝶々、「藤」は桂三枝、「菖蒲」は上岡龍太郎、「牡丹」は横山やすしと西川きよし、「萩」は浜村淳、「芒」は横山プリンとキャッシー、「菊」は京唄子と鳳啓助、「紅葉」は桂米朝、「柳」は藤本義一と真理アンナ、「桐」は西条凡児という、この番組に出演する関西芸人の似顔絵が描かれている。これは「任天堂」のカルタ製作機械を動かして作ったもので、通常の商品と同様にトランプ類税の証紙が貼られたものである。機械を動かす製作だから、最低限度のロットの問題があって、仮に一千円で数千個のロットで作れば数百万円の費用になるのであるから、一個の番組の宣伝としては力が入っているが、私の知る限りでは、これはトランプ類税時代の花札のバリエイションとしてはほとんど唯一のものであり、とても貴重な実践例であると思う。この花札は、その後、ネット・オークションの時期になるとあちらこちらから出品されて人気になっている。
なお、昭和三十五年(1960)に、画家の川上澄生が独自の「四季の楽しみ 西洋骨牌(とらむぷ)」を発行した。川上には、すでに昭和十四年(1939)に少数頒布した「とらむぷ繪」があり、いずれも川上らしい魅力ある作品になっている。また、昭和五十年代(1975~84)に、京都市に居住するクリフトン・カーフ(Clifton Karhu)は従来の花札の図像を自己流にアレンジして「佳札」(HANAFUDA)を考案し、松井天狗堂を通じて手作りの花札として製作した。これには二つの図柄のものがあり、双方ともに芸術作品としての高い評価を得ている。この花札の制作当時に、松井天狗堂に遊びに行っていて、実物を見せてもらって感動した。当時から特別に高価なものとして扱われていて、仕立ての細工の過程でできる「ペケ品」でいいから分けてほしいと言い出しかねた。これもまた懐かしい思い出である。