昭和後期のカルタの展開の中でもう一つ特徴的であったのが、タロットの本格的な導入である。タロットは、もともとヨーロッパでは、遊技用のツールであったのだが、十八世紀ころからこれを占いの世界で使用するようになり、特に二十二枚の大アルカナ札にさまざまな寓意を読みよるようになって、そのいかにも神秘的な構図、図像の魅力が発揮され、多くの支持者を得た。だから二十世紀のヨーロッパでは、遊技用に、フランスには「タロー」があり、ドイツや中欧諸国には「タロッコ」「タロッキ」があり、占いの用具である「タロット」とは別のものであるが、日本には、最初から占い術の用具として伝来しており、「タロー」や「タロッコ」の遊技はほとんど理解されていなかった。

私は、昭和五十年代(1975~84)に、「タロット」についても蒐集と研究をはじめたが、当時は、これをゲームの用具として理解している人はほとんど見当たらず、街に出回っているものはもっぱら占い術の用具であった。そして、そこでは、何人かの占い師が、これをいとも神秘的なものとして扱っており、どこで聞き知ったのか、独自の図像解釈を基にして占いを営業していた。私は、ヨーロッパのカルタ史の理解を基礎にして研究の関心からヒアリングを試みたが、語られた由緒は欧米の研究水準からすると理解が難しい、相当以前にどこかにあった理解を焼き直した独自のもので、それに疑問を呈すると露骨に嫌がられて、対話が成立しないことが多かった。そこで、私は、日本の「タロット」は遊技文化からは遠い、神秘的な文化を扱う別世界のものになっていると判断して、調査、研究からは撤退して、ただ、折々に見かけたタロット札そのものは購入するにとどめていた。だから、私のコレクションは、タロット占い用のカードの、比較的に早い時期のものの集積であるにとどまっていたし、それも、まとめて大牟田市のカルタ記念館に渡してしまったので、今手元には残っていない。

そういう中で当時注目していたのは、昭和四十九年(1974)に刊行された、岡田夏彦『運命の書―古版マルセイユ・タロット―』[1]である。これは、タロット・カードに関する著作の執筆を依頼されて書かれたものであり、タロット・カードがヨーロッパにおいて遊技用具として発展し、十八世紀頃にカードに秘された神秘的な含意の再発見を機にして占い術にも転用された経緯を説明し、タロット・カードの一枚一枚に込められた神意を解読している。このことはさほど珍しいものではないのだが、この書が興味深いのは、タロットの遊技面にも関心を示し、「タロット占いについて」の章の次に「タロット遊戯について」の章を設けて、遊技法について説明を加えている点にある。

そして素晴らしいのは、巻末史料として「賀留多の城」というページを設けて、遊技用のタロット・カードを、フランス、イタリア、スペイン、オーストリア・ドイツ、スイス・オランダ、イギリスの順に紹介していることである。ここに掲載しているものは、実は各国の地方札であり、ヨーロッパ諸国の地方札をこのように網羅的に紹介したものはとても珍しい。そして、「賀留多の城」は、各国の「占い用賀留多」の紹介に移り、さらに、「特殊賀留多」も紹介されている。これらを細かく見れば、もちろん地方札には掲載漏れも多くあるし、「占い用賀留多」とされたものの中に遊戯用のカードが紛れ込んでいたりもするし、特殊カードは説明不足であるしと、欠陥は容易に見つかるが、それよりも、これだけ網羅的にヨーロッパのカルタを歴史的にも、地域別にも紹介したことは見事である。こういう意味で、私は、この書は日本におけるタロット研究の基本書になると考えた。

ただ、残念なことに、その後、タロットの世界は占い用具の世界にいっそう傾き、欧米にはいくらもある現代のタロット・カード占いの流派のどれかから学んだ者が、その流派のカードとその解説書をセットとして外箱に収めた商品を売り出す場合が溢れるようになり、岡田夏彦の試みは継承、発展したとは言えなかった。昭和五十三年(1978)には林宏太郎『トランプとタロット』[2]も現れたが、何冊かの欧米の文献からピックアップしてつなげた概説書であり、カードのコレクターでもある著者の眼はゲーム史よりもカード史に集まり、トランプとタロットの間でどっちつかずのカードに関する記述が多く、遊技の歴史に関する研究不足が目についた。これと比較すると、翌昭和五十四年(1979)に出版された松田道弘の『トランプものがたり』[3]は、日本のかるたの歴史に適切な目配りがあり、とくにカルタやトランプの遊技法に関心を示して研究した成果であり、林の著作よりも参考になる記述がはるかに多く、また深かった。その後、タロット・ブームになると、ヨーロッパでは遊技用のタロー・カードが日本では占い用の神秘なカードとして流用されたりする例もあり、遊技としてのタロー、タロック、タロッコは後ろに退き、占い術の性格が強まった。結局のところ、タロット・カードを使った遊技は、日本では定着しなかった。そして、タロットに関する客観的で学術的な研究も沈滞した。私には、さしたる研究書を見つけることはできなかった。

この方な経緯であるので、私はタロットの世界からは手を引いた。欧米の研究者にはなおもタロット遊技やそのカードへの関心は強く、特にIPCS仲間のマイケル・ダメットMichael Dummett)は熱心で、日本におけるタロット系の遊技などについてもずいぶん議論したし、彼の書“The Game of Tarot”[4]からは学ぶことも多かったが、私の断念を翻意することはなく今日に至っている。


[1] 岡田夏彦『運命の書―古版マルセイユ・タロット』、コーベブックス、昭和四十九年。

[2] 林宏太郎『トランプとタロット』、平凡社カラー新書93、平凡社、昭和五十三年。

[3] 松田道弘『トランプものがたり』、岩波新書102、岩波書店、昭和五十四年。

[4] Michael Dummett,“The Game of Tarot, Duckworth, 1980.

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