(三) 残された「うんすんカルタ」の実例

今日、物品史料及びその写し として利用可能な程度にまとまって紹介されたうんすんカルタは、① 九州国立博物館蔵のもの [1]、②明治期(1868~1912)の文献 『うなゐのとも』に収録された西沢苗畝旧蔵のもの [2]、③ 大阪市の南蛮文化館蔵品のもの [3]、④明治年間(1868~1912)の京都のカルタ屋 山内任天堂や大石天狗堂が制作した木版のもの(その1その2[4]、⑤山口吉郎兵衛 『うんすんかるた』口絵で紹介されたもの [5]、⑥平凡社『別冊太陽いろはかるた』で紹介された滴翠美術館蔵の通称「 金地うんすんカルタ 」(平凡社『歌留多』、森田誠吾『昔いろはかるた』、三彩新社『古美術69特集日本のかるた』に再録)[6]、⑦文化出版局『季刊銀花第十三号日本のかるた』で紹介された滴翠美術館蔵の通称「 九曜紋うんすんカルタ 」(部分、小田急百貨店『滴翠美術館名品展目録』、三彩新社『古美術69特集日本のかるた』に再録)[7]、⑧『うんすんかるた』で紹介された「 すんくんかるた 」版木中のうんすんカルタ図像と共通する七十五枚の部分[8]、⑨Deutschen Spielkarten Museum(ドイツ・カルタ博物館)刊の『Ostasiatische Spielkarten(東アジアのカルタ)』で紹介された、イギリスのカルタ史研究者で世界カード協会の設立者、初代会長であった シルビア・マン旧蔵品 のもの[9]、⑩滋賀県大津市歴史博物館の 「企画展百人一首かるたの世界」で紹介された「うんすんかるた」 [10]、である。この他に、雑誌記事の挿図として二、三枚の札が写真で紹介されているものが数点ある。

以下では①を「九博蔵品」、②を「西沢旧蔵品」、③を「南蛮文化館蔵品」、④を「明治期木版品」、⑤を「滴翠蔵品」、⑥を「滴翠蔵金地」、⑦を「滴翠蔵九曜紋」、⑧を「すんくん」、⑨を「シルビア・マン旧蔵品」、⑩を「大津展示品」と略記する。これらを観察すると、次のような事情が見えてくる。


[1] http://collection.kyuhaku.jp/gallery/2234.html

[2] 西沢苗畝『うなゐのとも』第七編、藝艸堂、大正六年。

[3] 『王朝のあそび』朝日新聞社、昭和六十三年、三四頁。

[4] 前者に付き、任天堂に当時の版木三枚が残されている。後者は復刻版が制作、販売されている。『京都』三〇八号、白川書院、昭和五十二年、五頁。

[5] 山口吉郎兵衛『うんすんかるた』リーチ(私家版)、昭和三十六年、口絵。

[6] 「金地うんすんカルタ」、『別冊太陽いろはかるた』、平凡社、昭和四十九年、折込。

[7] 「九曜紋うんすんカルタ」、『季刊銀花第十三号日本のかるた』、文化出版局、昭和四十八年、六頁。

[8] 山口吉郎兵衛『うんすんかるた』リーチ(私家版)、昭和三十六年、口絵。

[9] “Ostasiatische Spielkarten” Deutschen Spielkarten Museum, 1970, s.138.

[10] 大津市歴史博物館『企画展百人一首かるたの世界』、同館、平成二十五年、八頁。

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