6-3 開国後の日本で外国人の眼に映じた日本のカルタ 三 ルドルフ・ランゲ ルドルフ・ランゲ 明治初年のお雇い外国人にはドイツ人も多くいた。彼らは東京に「東アジア自然科学、民族学ドイツ協会」を設立して早くから研究に励...
幸徳秋水のかるた遊戯論 一 幸徳傳次郎「歌牌の娯楽」≪原文≫ (『平民新聞』第八號) 一 一少女に問ふ、新年に於て何物か最も楽しき、對へて曰く、歌がるたを取るなりと、之れ有る哉、我も亦幼時甚だ之を好み...
6-3 開国後の日本で外国人の眼に映じた日本のカルタ 十四 小括 こうして日本のカルタは世界に知られるようになった。だが、その歴史的な展開の様相はほとんど知られることがなく、ただ、いかにも奇妙なカルタが極東...
三 「めくりカルタ」の流行 (三)「めくりカルタ」の流行と芸者の嘆き めくりカルタ遊技図(『下手癖永物語』、天明三年) 山東京伝の『寓骨牌』よりも少し早く天明三年(1783)刊の井久治茂内作の黄表紙『下手癖永物...
一 花札、トランプの解禁 (一)花札の公然の販売‥‥「上方屋」の挑戦 明治十九年(1886)の春、東京の銀座に花札を販売する店舗「上方屋」が出現した。当時は、花札の売買は禁止という観念が強かったので、これは奇想...