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『天正カルタ版木硯箱鑑定書』

2002年7月3日

 

 

三池カルタ記念館顧問、日本遊戯史学会理事

法政大学教授 江橋崇

 

 最近、東京で、桃山期と思われる天正カルタの版木を用いた硯箱が発見された。以下はその鑑定の概要である。

 

 

  1. 本品の形状

(1)本品は、1組48枚のカルタを仕立てる版木を用いた硯箱1個である。縦252ミリ、横160ミリ、高さ37ミリの箱(板の厚さ7ミリ)と、同じく縦252ミリ、横160ミリ、厚さ7ミリの上蓋で構成されている。発見当時には、これを収める容器は付属しておらず、いわばむき出しの状態であった。

 

(2)上蓋には、カルタ4枚を縦長に彫り込んだ版木が4枚用いられている。その図柄は以下のとおりである。

   (左より右へ、上より下へ)

   1列目  イスの女従者、龍、国王、騎士

   2列目  イスの9、8,7,6(上下逆に配置)

   3列目  ハウの女従者、龍、国王、騎士

   4列目  イスの5,4,3,2(上下逆に配置)

 

(3)この上蓋では、硯箱としての形を整えるために、版木の四周を削って薄くしているので、今でも版木のデザインが明瞭なのは、縦240ミリ、横146ミリの範囲である。幸いなことに、中央の無傷の4枚のうちに、ハウの国王があり、従来の数少ない天正カルタ関連資料である①芦屋市の滴翠美術館所蔵の「三池住貞次」銘の天正カルタ、②神戸市立博物館所蔵の「天正カルタ版木重箱」との比較照合が容易である。

 

(4)一方、箱の四周には、外向きに、おのおの3枚のカルタに相当する版木が1枚ずつ用いられている。これは、元来は4枚程度の版木を切り詰めて用いたものと思われる。そこで使われている図柄は以下のとおりである。

  右側面  コップの2,3,4,5

  左側面  コップの6,7,8,9

  上部側面 オウルの7,8,9

  下部側面 オウルの3,4,5

この箱では、高さを適切に整えるために、四周の版木の左右をおのおの2ミリ程度断ち切っている。また、一部については、持ち上げやすくするために底の部分を削り込んでいる。いずれも、版木の図柄を削り落とした結果になっている。

 

(5)本品の内側は朱色の漆が塗られており、相当に使い込まれた痕跡がある。

 

 

2.本品の特徴

 

(1)本品の版木は、そのデザインの特徴から、安土桃山時代の三池カルタタイプの天正カルタ、簡単に言えば三池カルタである。

 

(2)カルタ一枚の大きさは、縦74ミリ×横41ミリである。これは、上掲の①、②の資料のカルタの大きさ(縦65ミリ×横35ミリ)と比べて15%程度大型である。理由の大半は、絵柄そのものが①、②に比べてやや大きめに描かれていることにある。若干を例示する。

  上蓋 イスの8 中央のひし形模様の外径は39ミリ×31ミリ

 (②資料では32ミリ×24ミリ)

上蓋 ハウの国王 棍棒の長さは39ミリ

     (①、②資料では40ミリ)

下部側面 オウルの5 中央の顔になった貨幣模様の外径は21ミリ

(②資料では18ミリ)

下部側面 オウルの4 花模様の上下は53ミリ

   (①資料では48ミリ)

 

(3)本品の版木では、もともとのポルトガル船伝来のカルタにあって、①、②ではすでに消滅している、おのおのの札の周辺部分の図柄が約1ミリ程度ずつ残されている。これも、カルタが大型であることに寄与している。

 

(4)版木の彫り方は深く、描線は①、②よりも太めで力強い。本品を一見すると、実際にこれからカルタが摺りだされたように思われる。ただし、硯箱として愛玩されているので、その間に磨き上げられて摩滅し、結果的にこうした印象を与えるようになった可能性もある。

 

 

3 評価

 

(1)本品は、三池カルタの版木である。三池地区において、あるいは三池地区出身者によって製作され、使用された可能性は極めて高い。制作年代はきわめて古く、桃山時代と考えることができる。

 

(2)本品は、三池カルタの史料としては、①、②よりも古い時代のものである。三池カルタ資料としては残存するものの中で最も古く、したがって、日本のカルタ史の資料としても最も古い。

 

(3)本品のような、縦1列にカルタ図柄を彫り込んだ版木の存在は、従来、日本国内ではまったく知られていない。中国の影響であろうか。今後、慎重な検討が必要であるが、いずれにせよ興味深い作例である。

 

(4)版木に彫られた札の配列は、従来、うんすんカルタで考えられていたカルタの配列になっている。すなわち、上蓋の2列の絵札の場合、上から、女従者、龍、国王、騎士の順で並べられており、これは、「そうた」「ろはい」「こし」「うま」の順番そのものである。また、数札の場合も、イスは、9,8,7,6及び5,4,3,2の順番に並べられている一方で、コップやオウルの場合は、2,3,4,5及び6,7,8,9の順番に並べられている。このような版木の形態は、これが日本製であることを説明するとともに、この版木のほうがうんすんカルタの成立よりも時代をさかのぼるので、うんすんカルタの札の序列が実は三池カルタの序列に由来することも示唆している。

 

(5)以上の結論に至った評価の理由は後述する。

 

 

4 復元

 

(1) 本品は、48枚構成の天正カルタのうちで、18枚を全く欠いており、とくにコップとオウルの絵札や、ハウの数札を失っているので、全体の復元は困難である。

 

(2)しかし、図柄が全体にないし部分的に残されているカルタについては、復元が可能である。これを添えて展示すれば、来館者にとっても理解がはるかに容易であろう。もっとも、ポイントを踏まえて復元を技術指導できる者は私しかいないのであるが。

 

 

5 購入の是非

 

(1)これは現存最古の三池カルタ資料であり、カルタ記念館としては、ぜひとも購入すべきものである。これが他の博物館や個人コレクターのものとなってしまうと、館としては、ひざを屈して展示に借用できるだけで、写真の撮影、復元など、三池の先人の業績を顕彰することが極めて困難になる一方で、所蔵者が、三池カルタの資料を所蔵していることを誇ることになり、館のプライドは大きく傷つくことになろう。

 

(2)現在、業者から提示されている購入価格は高額に過ぎる。常識的には、300万円程度であり、カルタ館の立場としても、500万円程度の購入が望ましい。しかし、これについては、私の鑑定書が付属すれば、現在、業者が示している価格で喜んで購入する公私の博物館がいくつも存在する。そうした意味で、カルタ館は、価格の引き下げ交渉に臨む立場は強くない。

 

(3)本品を購入すると、カルタ館は、日本のカルタ史の最重要資料を所蔵している施設という評価が確立するであろう。また、そうした評価が確立するように、社会にアピールすべきである。従来、貝型源氏歌カルタ、絹地古形手描花札、古今集歌カルタなど、貴重な資料の購入時のアピールについては、カルタ館にはそれなりの実績もあり、今回も相当の反響を期待できる。2004年に予定されている国民文化祭に向けた大牟田市のアピールの絶好の機会でもある。

 

(4)今回は、購入の判断を急いでいただきたい。ちゅうちょしたり、話を押し戻したりすると、よそに流れてしまうものと考えていただきたい。私のこの鑑定書の取り扱いも十分に注意していただきたい。館員が不注意に噂話をしないよう、館長からの指示を徹底されたい。

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