(四)かるた遊技愛好者グループと新遊技法開発

こうして、平成元年(1989)のトランプ類税の廃止は、平成年間(1989~2019)にまったく新しい発想のカルタ、かるた文化を生み出したのである。それは、伝統的な花札の制作者やその取り巻きから見れば、販売不振であり、堕落であり、花札文化、かるた文化の終末にしか見えないであろう。だから「花札は、かるたの絶滅危惧種の代表」[1]とまで罵倒されたことがあるが、それは平成年間(1989~2019)の新しい変化が全く見えていない愚言であり、実際はそうではない。

多くの若者が、花札やカルタにある江戸文化の和風の香りを好んで、さまざまな箇所でそれを自分たちのものとして表現し、あるいは楽しんでいる。また、熱心なゲーム愛好家やそのグループが、さまざまなゲームをアレンジして実際に自分たちで遊技を行って、その面白さを再発見している。中でもゲーム研究家草場純が昭和五十六年(1981)創設の「なかよし村とゲームの木」の活躍は特筆される。このグループが三十年以上にわたって毎週会合を持って、実際に調査し、実験し、蓄積してきた古今東西のゲームの情報は膨大で貴重な成果であり、花札についても、「八八花」の遊技法を繰り返し実践するとともに、その他のカルタ、かるたの遊技法にも目を配っている。

このほかにも、この数十年間にも、さまざまなグループ、団体が実際にその遊技を楽しむ同好の士によって立ちあげられてきた。ネット社会は、そういう仲間を発見して共に活動するチャンスを大きくした。

ゲームを盛んにするには、魅力的な新しいルール、遊技法が必要である。それを生み出す鍵の一つはこうしたボランタリーなグループにあると思う。「なかよし村とゲームの木」においても、またこれ以外のグループや個人でも、カルタの遊技を楽しみながら保存し、あるいは新たに発展させようとする者がいて、周囲の支持を得てゲームが広まるように、すでに途絶えた古い遊技法の復元が試みられ、あるいは花札の新しい遊技法も研究され、提案されている。今それは、全く私的に行われているのだが、社会がこういう人々の努力にもっと注意を向けて、同好の者のグループ形成や、新しい遊技法の開発に必要な資本を投下すれば、必ず豊かな成果が実現すると期待できる。

魅力的な新しい遊技法の開発というと思い出されるのが、江戸時代中期(1704~89)の吉原[2]で開発された「鬼札」であろう。これは通常のカルタの札に加えて、もう一枚、強力な効力を持った万能の役札を加えるという考案であり、最初は「めくりカルタ」の遊技で用いられたが、後に花札にも波及して広まった。「鬼札」はトランプのジョーカーの働きによく似ている。ジョーカーは、十九世紀後半にアメリカから始まったと言われているが、日本の「鬼札」はそれよりさらに百年も以前の遅くも安永年間(1772~81)の発明であり、世界最初のジョーカーは江戸の吉原で生み出されたといえる。もはや考案者の名前も伝わっていないが、この「鬼札」がめくりカルタや花札の遊技法を豊かにし、魅力を増させたことを思い起こすときには、現代のゲーム研究家たちに、これに匹敵するような新たな発明、考案を期待してしまう。


[1] 吉海直人「花札(花かるた)の絶滅を惜しむ」『同志社女子大学ホームページ、表象文化学部 教員による時事コラム』二千十三年七月二日。ttp://www.dwc.doshisha.ac.jp/faculty_column/representation/2013/post-142.html

[2] 「鬼が出よふとハ、かっぱり気が付かなんだ。吉原のやくだそうだ。」山東京伝『百文二朱寓骨牌』天明七年、八丁裏。日本かるた館『江戸めくり加留多資料集解説』、近世風俗研究会、昭和五十年、一一四頁。但し、同解説は、「吉原のめくだそうだ。」と誤記している。

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