松井頼重『毛吹草』 (正保二年)
松井頼重『毛吹草』
(正保二年)

「絵合せかるた」は江戸時代の初めに日本に現れた純粋に日本式のかるたである。これを伝えている現存最古の文献は正保二年(1645)刊の松江賴重『毛吹草』[1]であり、巻三の「繪合(ゑあはせ)」の項に「貝遊(かいあそび)、賀留多(かるた)遊、扇(あふぎ)」とある。この時期の「絵合せかるた」の形状については、他に記録がないのでよく分からないが、それを推測させる重大なヒントが昭和三十六年(1961)に私家版で出版された山口吉郎兵衛『うんすんかるた』[2]にある。同書には、兵庫県芦屋市の滴翠美術館が蒐集した「絵合せかるた」の数々が掲載されている。それは「能狂言絵カルタ 断片十二枚(寛永)」「女武者絵カルタ 断片三十九枚(慶安頃)」「二十四孝絵合せカルタ 二十四組(延宝)」「大名船印絵合せカルタ 四十八組(延宝頃)」「職人尽絵合せカルタ 五十組(貞享)」「唐武者絵合せカルタ 五十組(元禄)」「士農工商器財尽絵合せカルタ 四十七組(元禄)」「軍陣武具絵合せカルタ 五十組(寛政頃)」「宮殿調度品絵合せカルタ 百組(文化、文政)」「野菜尽絵合せカルタ 五十組(文化、文政頃)」「御歴代史絵入カルタ 百〇一組(天保頃)」である。

ここで関心が深いのは、この『うんすんかるた』所載の「絵合せカルタ」一覧の最上部に掲げた、寛永年間のものとされる「能狂言絵カルタ」である。能の舞台、狂言の舞台芸能を描いたかるたは、歌舞伎の舞台を描いた江戸時代中期(1704~89)以降の「歌舞伎役者合せかるた」の祖先、「芝居遊びかるた」の始原の姿である。山口はこう報告している。「能狂言 能狂言絵カルタ 断片十二枚 竪七センチ五ミリ、幅四センチ八ミリ。札の表は紙地金箔粗散し、裏は画帖に貼ってあるので不明。同様の絵の漢字札と仮名札を合せるものらしい。断片の曲目は安宅、松風、白楽天、花月、朝夷奈、武悪、三本柱、しみつ、犬山伏、こんくわい、しびり、あくほうである。絵様は奈良絵風の粗画であるが古風で雅致がある。文字の書風から見ても最古の絵合せカルタらしい。(寛永)」[3]。これは山口が蒐集した日本式かるたの中ではもっとも初期のものである。残念なことに十二枚の残欠しか残っておらず、『うんすんかるた』での紹介には写真も添付されていない。残存した中に「漢字札」と「仮名札」が揃うものがないが、「安宅(あたか)」「松風(まつかぜ)」「白楽天(はくらくてん)」「花月(かげつ)」「朝夷奈(あさいな)」「武悪(ぶあく)」「三本柱(さんぼんのはしら)」「犬山伏(いぬやまぶし)」が「漢字札」で、「しみつ」(清水)「こんくわい」(釣狐)「しびり」(痺)「あくほう」(悪坊)が「仮名札」であろう。「漢字札」「仮名札」のいずれのカードにも挿絵がついているところはこの時代のかるたの特徴そのものである。

もう一つ、「絵合せかるた」の歴史をめぐる史料として特に重要なのが、福岡県大牟田市立三池カルタ・歴史資料館が所蔵する江戸時代前期(1652~1704)の「狂言合せかるた」である。これは「茶壺」「ちやつぼ」、「鈍太郎」「どん太良」、「伊呂波」「いろは」、「節分」「せつぶん」など、五十種類の和泉流狂言の曲目について、各々に「漢字札」と「仮名札」があり、そのどちらにもそれを演じる役者の舞台像が手描きで描かれている。カードは縦七・九センチ、横五・四センチで、表面は金無地の紙、裏面も同じく金無地であるが微妙に色合いが異なる紙が用いられており、五十対・百枚のカードが揃って残されていて史料的な価値をひときわ高めている。このかるたはすでに平成十四年(2002)刊の大牟田市立三池カルタ記念館(現三池カルタ・歴史資料館)編『図説カルタの世界』[4]で図像を公開してある。

この二点の史料により、江戸時代前期(1652~1704)にはすでに「絵合せかるた」が豊富に存在し、その中に「能合せかるた」や「狂言合せかるた」などの「舞台芸能絵合せかるた」が存在していたことが分かる。この他にも、明治期(1868~1912)にはじまる好事家の集団「集古會」の展示会の記録『集古』にも江戸時代の「狂言かるた」「雛屋立圃画能楽歌留多」「舞楽箔かるた」「能五十番合かるた」などがある。また、今はまだ発見できていないが、この時代にはすでに「歌舞伎合せかるた」もあったであろう。これらのかるたでは、その舞台の演目が「漢字札」と「仮名札」に書かれていて、各々に演じる役者姿の挿絵が描かれていたものと推定している。この辺の事情についてはすでに3-1で扱ったので以上の概略の説明で終わる。


[1] 加藤定彦偏『初印本毛吹草 影印版』、ゆまに書房、昭和五十三年、一二七頁。竹内若校訂『毛吹草』(岩波文庫黄二〇〇-一)、岩波書店、昭和十八年、一五二頁。

[2] 山口吉郎兵衛『うんすんかるた』、リーチ(私家版)、昭和三十六年、一三八頁。

[3] 山口吉郎兵衛、前引『うんすんかるた』一四二頁。

[4] 大牟田市立三池カルタ記念館(現三池カルタ・歴史資料館)『図説カルタの世界』、同館、平成十四年、一七頁。

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