宮武外骨『異種日本人名辭書』(昭和七年)
宮武外骨『異種日本人名辭書』
(昭和七年)

ロッセツ・ウチヤマ(Rossetsu Uchiyama)は、元の名前はアドルフ・ラッセル(Adolph Russel)で、幕末期に来日して幕府の通詞の役を務めたアメリカ人である。文久二年(1862)にイギリス、ロンドンに赴いた幕府の外交使節に随行して外交文書に名前を残している。明治時代になると、新政府の下で、横浜にあった諸外国の領事裁判所の顧問を勤め、その後代言人として活躍した。ラッセルは日本に帰化して、妻の実家の姓、内山を採り、内山蘆雪と称した1。蘆雪はロセツと読むところであるが、ウチヤマは旧姓のラッセルの音を残したかったのか、これをロッセツと読んだ。妻の弟は内山梅吉であり、横浜で玉村寫眞館を経営し、転じて、紀念電気館などの最初期の映画館を経営して有名人であった2

内山蘆雪『日本のカルタ・花合せ』(明治二十五年)表紙
内山蘆雪
『日本のカルタ・花合せ』
(明治二十五年)表紙

ウチヤマは、明治二十五年(1892)に、“THE GAME OF HANA-AWASE, Japanese Cards”3と題する、英文の花札、八八遊技説明書を横浜の丸善書店より公刊した。売価がいくらであったのかは分からない。これは、きわめて精緻に体系だって「八八花札」の遊技法を説明するものであり、花札の図像をふんだんに掲載して分かりやすく説明し、附則や用語集なども備えた、完備されたガイドブックである。この頃に、パーマー、ベルショー、ウチヤマと「八八花札」のガイドブックが横浜で相次いで販売された。当時の横浜が、「八八花札」の遊技が当初「横濱花」と呼ばれたように、新しい遊技法の発祥の地として大いに沸いていた状況をしのばせるものがある。 

ウチヤマに関しては、私の個人的な思い出、というよりも錯誤の経緯がある。この書は、国会図書館に蔵本されており、私は以前からそれを知っていて、実際に読んだこともあったが、実は、奥付にある「著作者 内山蘆雪」という名前からこれは日本人の著作であると軽率に判断し、外国人の業績を整理して説明しているこのページの編集に際しては頭から除外していた。それが、実はアメリカ人の書いたものだと知って、愕然とした。そうだとすれば、これはこの個所に収められるべき業績である。今回、ベルショーについて追記する機会があったので、あわせてウチヤマについても記載して、数年前に犯したミスを挽回したく思っている。

なおここで、ウチヤマの説明する十二の紋標を紹介しておこう。こうして並べてみると、比較的に統一されやすい札の呼称であるのにバラバラである。だが、どれが正しいというようなものではなく、狭い横浜市内での取材、調査、あるいは太平洋を越えたアメリカでの聞き取り調査が食い違うのは、いかにも草の根から盛り上がっている一般庶民の遊技の勃興期であるようで興味深い。 

内山蘆雪『日本のカルタ・花合せ』(明治二十五年)奥付
内山蘆雪『日本のカルタ・花合せ』
(明治二十五年)奥付
1月…Matsu、Pine
2月…Ume、Plum
3月…Sakura、Cherry
4月…Fuji、Wisteria
5月…Ayame、Iris
6月…Botan、Peony
7月…Hagi、Lespedeza
8月…Tsuki(Bozu)、Moon
9月…Kiku、Chrysanthemum
10月…Momiji、Maple
11月…Ame、Rain
12月…Kiri、Paulownia
Kクロサワ『花合せのゲーム』表
Kクロサワ『花合せのゲーム』表紙

なお、本書には、同時期に、K.KUROSAWA著、“THE GAME OF HANA-AWASE”と題された、同一内容の異版がある。国会図書館には収蔵されていないが、私は手元に所持している。この手元にあるものは、ウチヤマ版が本文58ページ+APPENDIX4ページであるところ本文36ページまでしかなく、巻末の奥付も欠いている怪しげなもので、事情を知らない人に売りつける欠陥品であるが、表紙や本文は明らかにウチヤマ版と同一の印刷物を使用している。特に興味深いのは表紙で、ウチヤマ版は桜に短冊札を模した縦長の表紙の中央、赤短冊の部分に、上から下に“THE GAME OF JAPANESE CARD”とあるところ、クロサワ版では、同一のデザインの表紙で、ただ赤短冊の部分の文字だけを入れ替えて、“THE GAME OF HANA-AWASE K,KUROSAWA”とある。ウチヤマ版とクロサワ版は同一の原版を用いている。要するに、クロサワ版は。印刷関係者のうちの誰かが印刷段階で生じたミスの部分を集めて適当に一冊の書物のように装って売り出した不完全な海賊版のように見える。一見すると表題が違うので別の出版物の様に見える仕掛けであり、ウチヤマ版と違っているというクレームには別の出版物ですという言い訳ができる。このような小細工ができたのはウチヤマ版の印刷関係者しかありえない。この書とウチヤマの書との前後関係は分からないが、やや複雑な出版事情があったのであろう。いかにも明治中期の横浜での外国人目当てらしい猥雑な詐欺的商品であり、当時の開港場の社会史を語る史料してはむしろ興味深いものがある。 


[1] 半狂堂主人宮武外骨『異種日本人名辭典』、昭和六年、三二頁。
[2]『横浜手彩色写真絵葉書図鑑』広告・横濱紀念電器館・福富町、明治三十年代。
[3] 内山蘆雪(Rossetsu Uchiyama)、“THE GAME OF HANA-AWASE, Japanese Cards”、(横浜)丸善書店、明治二十五年。

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