MONOGRAPH Awase Carta in the Carl Peter Thvnberg donated historical materials Home-page of The World Culture Museum. 次のページ 1 2 3 4
三 江戸カルタ研究室による問題提起への応答 (一)単なる批判者の責任と対抗学説主張者の責任 私が誤記説批判を文章にしたのはずいぶん以前で、それは当時私一人で行った学界全体を相手にした反乱であったのだが、当時は研究室のサイトはまだ開設...
二 骨牌税適用外の「かるた」の消長 (一)戦後社会での「いろはかるた」の展開 昭和後期(1945~89)の日本社会ではカルタ文化は大きく様相を変えた。まず、「いろはかるた」では、伝統的な「犬棒かるた」の人気が低調になる...
二 百人一首歌仙絵の世界での指導権の争奪 (五)江戸狩野派による歌仙絵の主導権の奪取 ここで私が注目したのは狩野探幽である。狩野探幽は、幕府の奥御用絵師という立場を得て、江戸で江戸狩野派を開いた。当時、歌人絵付きの「歌仙手鑑」...
絢爛たる暗号?・百人一首発祥論著作の読書感想 百人一首の歴史学 百人一首発祥論著作の読書感想(追記) 関幸彦『百人一首の歴史学』左・初版、右・再版 日本中世史を研究する歴史学者、関幸彦著は、二〇〇九年にN...
二 『百人一首手鑑』、『百人一首画帖』発祥の歴史 (一)歌仙手鑑の手本は『素庵百人一首』 百人一首の「歌仙手鑑」が登場するには、歌人像のモデルが必要であった。それは『素庵百人一首』や『尊圓百人一首』に掲載された図像であった。『素庵...