花牌の起源についてはもうひとつの説がある。太平天国起源説といってよい。太平天国の時期の麻雀に加えられた「筒化」「索化」「萬化」「天化」「王化」「東化」「南化」「西化」「北化」を花牌の始祖と考えるもので、日本では有力である。その詳細は浅見論文で明らかであるが、中国サイドにも、中華民国の時代までは、少なくとも安徽省、陝西省に「它王」「索王」「萬王」「喜王」「元王」「陞王」「听王」「総王」という花牌の麻雀があったという記録がある[1]。
太平天国起源説はそれなりの根拠を持っていると考えられるが、これがどのようにしてその後の花牌の多彩な展開につながるのかは説明されていない。また、この説を証明する骨牌の実例も少ない。中国でこれが通説化しないのは、実際の牌の分布が限られていて多くを発見できないからではないだろうか。
なお、この説を取ると「筒化」「索化」「萬化」「天化」「王化」「東化」「南化」「西化」「北化」から、「東化(東王)」、「南化(南王)」、「西化(西王)」、「北化(北王)」が分離して今日の「東」「南」「西」「北」になったという言伝えや、あるいはこれに「中王」も加えて、「東」「南」「西」「北」と「中」がまず成立し、後から「發」「白」ができたとする言伝えを否定しなければならなくなることも付け加えておきたい。
[1] 前掲・姚揚『怎様打麻將』、一頁。張普生『怎様打麻將』、一三頁。