アントワープのドラゴン・カード
アントワープのドラゴン・カード

1980年代にベルギーのアントワープ市で日本のカルタ史の理解に大きく影響する発見があった。十六世紀後半に建てられた古い教会の立て直しで建物を解体していたところ、壁紙の芯に古いカルタの印刷されたシート状の紙が再利用されているものが二枚発見された[1]のである。シートは三七・五センチ×二七センチで、元来は一枚に十六コマのカードが摺りこまれていたと思われる。驚くべきことに、ここに刷りこまれていたカードがドラゴン・カードであった。その図像は、日本に伝来して「三池カルタ」となったものと酷似していた。発見されたものは崩壊が激しく、わずかに十五枚のカードが辛うじて見分けられるのであるが、発見者がトレースして制作した図像は驚きであった。残されたのは、「ハウ」の「ソウタ」(従者)、「カバロ」(騎士)、「レイ」(王)、「イス」の「ドラゴン」「八」「九」「ソウタ」「カバロ」「レイ」、「コップ」の「ソウタ」「カバロ」「レイ」、「オウル」の「ドラゴン」「カバロ」であり、発見者はこの外に「イス」の「七」もあるとするが図像は示されていない。発見者は、残されたカードについて、四枚ある「カバロ」の内の三枚を他のカードと誤認するなど、提供している情報が不正確なので、「イス」の「七」については存否不明である。

十六世紀、十七世紀のベルギーはスペイン王家の領地であり、北方ルネッサンスを生み出したように製造業が栄えていた。とくに印刷業の中心都市アントワープ市に多数のカード制作者がおり、スペイン本国の需要に応じてスペイン風のカルタが制作されていた[2]。そのことは記録上で明らかだが、これほど古いカードは残されていないから、このカードはベルギー製の最古のカルタということになる。また、この教会は1559年から1574年にかけて建設されていて、壁紙の状態から新築当時の工事と思われたが、そうすると、遅くとも1574年にはこのカードも存在していたものということになる。これほど古い時期のドラゴン・カードは世界中のどこにも残っていないので、これが現存する世界最古の物ということになる[3]。このカードの制作者は分らない。「イスの九」の中央に「CF」というイニシャルがあるが、アントワープのカルタ屋の記録には該当する者がいない。

このカルタがスペイン向けのものであるのか、ポルトガル向けのものであるのかは分らない。ただ、一七世紀の初めにある南部オランダ人がポルトガルでのカルタ販売に関する独占権を得ていてアントワープのカルタ屋と提携して提供していたという記録があるので、ポルトガル向けであった可能性は低くない。何よりも、遠い日本で再現されていたカルタと酷似していることが、アントワープのカルタがポルトガル船に積まれていたであろうという事情を推測させる。


[1] Andre Kint “An Important Discovery in Antwerp” ICPS Journal Vol.13 No.2, (1984), p.45.

[2] Andre Kint “Antwerp Cardmakers in the 16th Century” ICPS Journal Vol.16, No.1, (1987), p.1.

[3] 但し、1960年代にペルーのリマで16世紀のかるた数枚分の残欠が発見されており、そこにドラゴン・カードの一部と思われる断片一枚がある。Cardenas Martin, Mercedes “ Dados y Naipes del Siglo XVI en una Huaca del Valle del Rimac, Peru”, Boletin de Lima Vol.XXI, No.116(1999) pp.42-60.

おすすめの記事