江戸の「地口かるた」が分かるととても気になるのが上方の「粋ことばかるた」の遊技である。「粋ことば」は江戸時代の上方の言葉で「花街などで流行する、気のきいた味のあることば。隠語や『せんぼ』やしゃれた言い方など、さまざまのものを含む」[1]とされている。私はこのかるた遊技の実情に関する情報を持ち合わせていないが、カードは蒐集していた。

 

私の手元には、江戸時代中・後期(1704~1854)の上方、「玉楽堂」版の木箱入り「すいことば花月遊」一組があり、これには「粋詞花月遊」と題された遊技案内が付いている。カードの大きさは縦五・三センチ、横三・一センチ、桃色、黄色、紺色の木版合羽摺りで、裏紙は文字札が黒、絵札が赤に使い分けられている。縦一二・三センチ、横七・八センチ、高さ三・九センチの桐の木箱に収められている。このかるたでは「八月の風でそばがたまらぬ」のように「八月の風」で収穫前の「蕎麦(そば)」がたまらず倒されるという意味と、たとえば親父が不機嫌で「傍」がたまらないというように片一方がかくされたままで二重化されているものと、「たんすとやうきうきりがよい」のように「箪笥(たんす)」は「桐」がよいというのと「楊弓」は「切り」がよいというように双方ともに示された上で共通する点が示されるものとで、いずれにせよ言葉の意味が二重化されている。カードのサイズ、仕立て方、裏紙の黒朱二色の使い分け、桐の木箱、そして諧謔と笑いの内容など、江戸時代中期(1704~89)から後期(1789~1854)にかけての上方、いかにも大坂のかるた屋の製品の匂いが濃いかるたである。かるたの内容は次のように整理される。

「粋ことばかるた」

「粋ことばかるた」
(制作者不明、江戸時代後期)

「粋ことば花月遊」

「粋ことば花月遊」

「粋ことば花月遊」その2
「粋ことば花月遊」その2(制作者不明)
「粋ことば花月遊」その1
「粋ことば花月遊」その1(制作者不明)

 

 

「すいことば花月遊」(玉楽堂版、遊技案内「粋詞花月遊」付き)

 

「いなりのすぎだち玉がへり(稲荷の杉立ち玉返り)」

「いもやのあくびでほつこりじや(芋屋の欠伸でほっこりじゃ)」

「八月の風でそばがたまらぬ(八月の風で蕎麦(傍)が堪らぬ)」

「はおりのひもでむねにある(羽織の紐で胸に有る)」

「ばんとうのしろねずみでちうちうじや(番頭の白鼠で忠々じゃ)」

「女房のきちがひつまらんじゃ(女房の気違い妻乱(つまらん)じゃ)」

「とうふくじの三みせんすうてんじや(東福寺の三味線すうてんじゃ)」

「とうふやのしやくしでからおだて(豆腐屋の杓子で殻をだて(空煽て))」

「とう人のそろばんさんかんじや(唐人の算盤算漢(さんかん)じゃ)」

「ちよんがれのあふぎでやれやれじや(ちょんがれの扇でやれやれじゃ)」

「ぢごくのすりばちめでころす(地獄の擂鉢目で殺す)」

「ちんばのじやうるりひきがたり(ちんばの浄瑠璃曳き(弾き)語り)」

「をはちに上下ひつれいじや(お鉢に上下櫃礼(失礼)じゃ)」

「をうばまのおかわりぼんさらば(お乳母まのお代わりぼんさらば)」

「わはいはおけやのかまのした(輪灰は桶屋の釜の下)」

「かいるのぎやうれつむかふみず(蛙の行列向う見ず)」

「かぢやのめしでできしだい(鍛冶屋の飯ででき次第)」

「よいむすめとすへふろはくびだけじや(良い娘と据風呂は首だけじゃ)」

「淀川のまん中でこいゝゝじや(淀川の真中で鯉鯉(来い来い)じゃ)」

「たてしの山ぶしでぶうぶうじや(建て師の山伏でぶうぶうじゃ)」

「たびやのかんばんあしあがり(足袋屋の看板足上がり)」

「たんすとやうきうきりがよい(箪笥と楊弓桐が良い(きりがよい))」

「そまのふんどしで木にかかる(杣の褌で木(気)に架かる)」

「なまきのいかだできがうかぬ(生木の筏で木(気)が浮かぬ))」

「うえ木やのぢしんできがもめる(植木屋の地震で木(気)が揉める))」

「おいしやととう人さじでくふ(お医者と唐人匙で食う)」

「お月さんとすつぽんまるゝゝじや(お月さんと鼈(すっぽん)丸々じゃ)」

「おゝかみのちんぽでいらひてなし(狼のちんぽで弄い手なし)」

「大坂のやどやではしがおゝい(大坂の宿屋で橋が多い)」

「おてらのやどがへはかいかず(お寺の宿替え墓(はか)行かず)」

「山中の小へんでしゝがでる(山中の小便でしし(猪)が出る)」

「やまぶしのやどがへわがでにほうみる(山伏の宿替え我が手に方(方角)見る)」

「やまめのぎやうずいゆとりなし(鰥夫の行水湯取り(ゆとり)なし)」

「まんぢうやのかんばんであんがない(饅頭屋の看板で餡(案)がない)」

「けいばのくはしうりむまゝゝじや(競馬の菓子売馬馬(美味美味)じゃ)」

「ごけと三月は花がさく(後家と三月は花が咲く)」

「こじきの酒のよひくさゝゝしや(乞食の酒の酔い臭々じゃ)」

「江戸の女郎とさけのかんはしやんとこな(江戸の女郎と酒の燗(かん)はしゃんとこな)」

「あたご山のおくのいんたろをひじや(愛宕山の奥の院太郎ひじゃ)」

「あきやのせつちんこゑがない(空家の雪隠肥(声)がない)」

「さみだれとやつこはふりつゞけ(五月雨と奴はふり(降り/振り)続け)」

「みこしのぼうでちゆうさいぼう(神輿(みこし)の棒でちゅうさい棒)」

「水玉のかみなり水なりじや(水玉の雷水なりじゃ)」

「しやうぎとまむしはさしたがる(将棋と蝮は指(刺)したがる)」

「しんでんたばことねじめは下にさす(新田煙草と根〆は下に挿す)」

「ひいなさんのきるものきたまゝじや(雛さんの着るもの着たままじゃ)」

「せつきのかんぬししんはいじや(せつきの神主心配じゃ)」

「すずめのいろ事ちよいこすり(雀の色事ちょい擦り)」

 

 

添付遊技案内・粋詞花月遊 玉楽堂

 

一 此すい言葉花月遊は女中御手遊ひ百人一首歌かるた同じしやうにして、各々前にならべおき、上の句をよみ下の句をふせるなり。尤月花山人恋とほうびを付、笑ひ草となしふせ玉ふべし。

一 ぢごくのすり鉢目でころす 此札さきへ出る時はあとの人の絵みなほうびなし

一 八月の風でそばがたまらぬ 此札はやう出る時あとになりたる花の絵ほうびなし

一 さみだれとやつこはふりつゞけ 此札はやう出る時あとになりたる月の絵ほうびなし

  右の外は種々おもひ付せ給ふておなぐさみとなしたまへかしとしかいふ

 


 

[1]「すいことば【粋詞】」『角川古語大辞典』第三巻、角川書店、昭和六十二年、四二二頁。

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