花札やその他のカルタを扱う博徒には巧みな技の持ち主が多かったようである。博徒の一家では、花札賭博を開始するときには、若い下端の構成員は客の案内、警察の取り締まりを警戒する見張り、下足番などの仕事を割り当てられ、長時間その仕事を担当させられた。その際には花札を一組渡されて、手がカードに馴染むように、一組四十八枚の札を切ったり配ったりと、取り扱いの練習を一人で行うよう命じられた。そこで、こういう修行の時期を経た博徒はいずれも札の操作に長けていて、カードを繰りながら自分の望む順番にセットしたり、必要な札を手元に残したりする技が上手になったし、中には厳しく練習をして、手の平に花札を一枚隠して他人に決して見破られない技を身に付けたものもいた。

あるカルタ屋の主人が話してくれたが、徴兵で軍隊に入ったら同じ部隊にその筋の人らしい兵隊がいて、部隊内での花札の勝負がとても強くて驚いていると、自分がカルタ屋だと知って親しみを感じたのかプロの技についていろいろと話してくれたが、手の平にちょうど花札一枚分の大きさで四角いへこみができていて、そこに挟むというのか、花札が一枚すっぽりと収まっていて必要に応じて出し入れするのでいつも勝つのだが、ゲームを行っている時のカードを扱う所作が見事で種明かしされていてもとてもそうは見えなかったそうである。人間の手の平が四角くへこむまでにはどのくらいの修行が必要であったのかは分からないが、若い頃の下足番の時期からの絶えない練習の成果なのであろう。

このように、博徒の場合は、カルタを扱う特別の技をもっていて、賭場の客を楽しませながら上手に金銭を巻き上げていた。賭場とはそういうところで、客を遊ばせる営業の多大な収益がなければ、警察に捕まるかもしれない危険な賭場の経営などを誰がするのか、ということである。だから客は賭場の経営者の掌で遊ばせてもらっているカモということになる。

そして、そうした賭場の運営を巧妙に展開するために様々な詐欺札が考案されている。この点は、カルタに興味のある誰しもの好奇心をくすぐるし、また、警察、検察関係の資料ではこれに触れるものも多いので、伝説化して語り継がれている。だがそこには、リアリティとフィックションの区別が付いていなくて、いかにも見てきたように書かれている伝説も多い。

たとえば、少し話がずれるが、賽賭博の場合、よく時代劇映画の賭場の場面などでは、賭場に用意された白布を張った畳の上で壺に入れた賽を振って落として「丁半」の勝負に出るときに、「穴熊」といって、事前に白布で隠されているがその畳に丸く穴が開けてあって、床下に博徒が一人潜んでいて、上に居る壺振りからの合図によって針で賽を動かして「丁」(二個の賽の目の合計が偶数)か「半」(奇数)か中盆(賭場の経営者、管理者)に有利に細工するという場面がおなじみであるが、それは想像の産物で、そのような細工を施したことが万一露見したら弁解のしようがないし、そもそも、うす暗い床下から賽の目を正確に読むのも大変である。実際にはサイコロそのものに細工がしてある。それも、「丁」であれ「半」であれ、中盆側で勝負を仕切る壺振りの思うままに目が出るものでは不自然過ぎてすぐに見破られる。それよりはむしろたとえば「六分の丁賽」といって、賽の形を歪めたり中に鉛を入れる細工をしたりして「丁」の目が出る確率が少し多めで六割程度になるような賽を使い、中盆側は「丁」の目に賭ける機会を少し増やして六割程度にすることで、ゆっくりと時間をかけ遊ばせて全体をならせば「丁」と「半」に対等に賭けている客に確実に勝利するという方が自然であるし安全である。「五分五厘」の賽になると五十五パーセントと四十五パーセントの違いを利して勝負に勝つのであるから、賽の目は思うにならないところがあるので時には客が勝つこともあり、それもまたよしとされている。もちろん、中には百パーセント思うがままに丁半の目が出せる仕掛け賽もあるが、それが実際の賭場で用いられるのは、長時間の賭博で熱くなって掛け金がエスカレートする一方で、長時間の勝負で疲労して注意力が散漫になっているときに、いわばこの一番の決戦といえるような状況下で壺振りが一度で客を殺す時に使われるものである。

かつて尾佐竹猛は賭博研究の一環で詐欺賽を行李一杯持っていたと言われているが、それほどではなくとも私も甲州(山梨県)の博徒の親分の家から出たものなど、百個ほどは蒐集している[1]。その多くは微妙にバランスを崩した仕掛賽で、注意深く観察すると転がり方がどこか不自然である。歯科のエックス線装置で調べたところ、ほとんどが中に鉛などを入れたもので、イカサマ細工で生じる内空を埋めるように続飯(そくい)を詰めて、中の鉛塊が所定の箇所から動かないようにして丁半の出る確率のずれを固定化してあり、合わせて奇妙な音を出さないようにしてあった。これと別に、賽の内部が砂時計のようになっていて、「丁」の目が出続ける賽を特別の持ち方をして空中で一二度振ると、中で砂状の詰め物の移動が起きて「半」の目ばかり出るようになる「両通」という詐欺賽もある。磁石を活用した「電気」もある。そして、なかには人間の心理的な盲点を突いた驚くべき必勝の「都寿美(ツヅミ)」という詐欺賽もある。私が試しに友人たちと賽の勝負の真似ごとをしてこの「都寿美」を使ってみても、誰も気付かない内に私が大勝ちできた。私の検証のための実験の場合、賭けたのはもちろん金銭ではなくてプラスチックの小袋分けをされた煎餅であったので、刑法に違反しないし、賭博に勝ってそれを数十個も集めてもあまり利益はないのだけれども、人間というのは面白いもので、こんな程度の賭けでも取った取られたで熱中して熱くなり、私程度の素人の技でも仕掛けが見えなくなるのであった。

一般に世界のどこの国の賭場、カジノでも、経営者、運営者側に特別の裏技や仕掛けのないものはない。私は以前にタイのバンコクに賭博用品を商う華人の友人がいて、東南アジア一帯のカジノに出荷している商品の秘密をいろいろと教えてもらっていた。そういう仕掛けのある器具を使って賭博をすれば、客は瞬間的に勝ったり負けたりするが、長く通えば確実に絞り取られるのであって、それは賭博場の経営が利益を生む営業として行われていることの当り前の帰結である。

まだリモコン式の仕掛け賽が珍しかったころ、麻雀店で用意されているサイコロと同じ大きさのものを紹介されて、私が言うように必ずその目が出るのに慄然としたことがあるが、彼は、お前は友達だから売ってやる。まだほとんど出回っていないからお前は必ず勝てる。二千米ドルでどうだ、と笑っていた。たかがサイコロでそんなに高額なのかと言ったら、お前なら一晩で回収できるだろうよ、と大笑いになって話は終わった。

カルタ賭博でも同じことで、江戸時代にこういう札を手目(てしめ)カルタ賭博とか、手目札と呼んでいた頃からずっと、博徒の裏技や詐欺札はどこの賭場にも必ずあるし、それの供給にはカルタ屋の協力が必須であった。カルタ屋という商売にはこうした仕掛け札の供給源という暗い裏面があることを指摘しなければならない。

カルタ屋の商品目録にはもちろんこういう真っ黒な詐欺的な用具の表示はないが、販売店レベルでは詐欺的な用具は堂々と宣伝、販売されていた。一例として昭和前期の山梨県甲府市のある業者の目録を紹介しよう。この店は、印章などの象牙加工、水晶加工が本業であるが、詐欺的な骰子が「六法」「神者」「粉引」「針入」「水コボシ」「カツクリ」「ツナギ」「ツズミ」等と数十種類が商品として堂々と挙げられており、さらに、「藤製窓ツボ」「透明壺皿」もある。これに並ぶのが詐欺的な花札で、「毛入ガン附花札」「角(つの)出し花札」「張分花札(別称・ザラスベ)」「張込スジ附ガン花札」「ソゲ花札」「角(かど)ガン入花札」が売られている。同店は、合法的な販売であると主張するためか、案内書の表紙裏に「警告」と題して、これは連戦連勝の秘訣を配列公表する冊子であり、「本書を通覧熟讀して秘訣を熟知し以て大敗を未然に防ぎ得ば幸甚なり」と書いている。詐欺的博奕の手口の公開書ならばそれだけを記載すれば済むところ、この案内書には、なぜか各種の詐欺的用具の定価が書かれ、注文の仕方が振替口座、郵便為替、電報為替、電話注文と懇切丁寧に説明されている。読むだけでは不十分で、自分で購入して練習して、被害にあわないように予防せよという理屈だろうか。笑える。


[1] 私の蒐集したものは、増川宏一『さいころ』(ものと人間の文化史七十)、法政大学出版局、一九九二年に掲載する資料として提供したので、そちらを見て欲しい。

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