一方、明治二十年代(1887~96)に子どものかるた遊びが家族内での遊技から同じ地域の同年齢の子ども同士の遊技になったことに対応して、子どもから切り離された大人の、特に女性の言葉遊びかるたの遊技もいろいろと考案された。この時期に、活字の新文化は、新聞や書籍を通じて女性にも浸透していった。とくに明治三十年代(1897~1906)には、女性にとっての新聞が、以前のように、家長の男性に読んでもらって耳からニュースを知るものから、自分で読んで理解し、楽しむものに変化した。こういう女性の覚醒に応じて、家庭小説と呼びうるジャンルが成立し、徳富蘆花の『不如帰』や菊池幽芳の『己が罪』は、女性読者に支持されて大ベストセラーになった。出版業界は、関連商品としていち早くこれを主題とするかるたを制作、販売した。これらの小説は、大正時代以降には、演劇、映画でも広く活用されたが、そのはしりは「いろはかるた」であった。『不如帰』のかるたを紹介しよう。読み札はすべての漢字に読み仮名があるが、ここでは読みにくいものだけにそれを残して他は省略した。

「不如帰」いろはかるた(制作者不明、明治後期)

不如帰かるた
不如帰かるた
 
「い」 「伊香保の宿の戀語(こひがたり)」
「ろ」 「露命を繋ぐ浪子嬢」
「は」 「早く帰て頂戴な」
「に」 「握る舅婿(ふたり)の手に涙」
「ほ」 「保養に来る逗子の濱(はま)」
「へ」 「平和を破る彼れ山木」
「と」 「共に切なる血の涙」
「ち」 「父中将の胸の裡(うち)」
「り」 「離縁を勧む戀(こひ)の仇」
「ぬ」 「盗みし印の露(あら)はれて」
「る」 「留守の間は此(この)まゝに」
「を」 「親の命(めい)とは云ひながら」
「わ」 「私が帰へるまで」
「か」 「變(かわ)」り果てたる我が姿」
「よ」 「夜半にて散る櫻花」
「た」 「武雄はいかりてぜつこうす」
「れ」 「戀慕に精心(こころ)も狂はじと」
「そ」 「空飛ぶ鳥の一聲(ひとこゑ)も」
「つ」 「非情(つれ)なき姑(はゝ)の仕打哉(かな)」
「ね」 「眠るが如く世を去りぬ」
「な」 「浪子の離縁を申込む」
「ら」 「来意を聞ひて中将の」
「む」 「無念や敵の弾丸(だんぐわん)に」
「う」 「乳媼(うば)のお幾(いく)の情けにて」
「ゐ」 「臨終(ゐまわ)の際(きわ)に改心す」
「の」 「望を断つて出征す」
「お」 「伯母のむかひに浪子嬢」
「く」 「苦楽を共にと誓(ちかひ)しに」
「や」 「病氣(やまい)は急に革(あらた)まり」
「ま」 「継(まゝ)しき仲に育てられ」
「へ」 「景色勝(すぐ)れて麗はしく」
「ふ」 「封じも堅き遺し文」
「こ」 「戀が爲に千々岩が」
「え」 「縁も絶へて浪の上」
「て」 「手に手を把(と)つて慰めつ」
「あ」 「厚き情の見舞品(みまいもの)」
「さ」 「逍遥(さすらひ)行くや二人連れ」
「き」 「君の為なり國の為」
「ゆ」 「夢路に入れば吾が妻の」
「め」 「慈恵(めぐみ)も厚き伯母の君」
「み」 「家苞(みやげ)も今は仇となる」 
「し」 「死なんとせしも畿度(いくたび)ぞ」
「ゑ」 「栄誉を荷負ふ大丈夫(ますらを)も」
「ひ」 「人の身にぞは果敢(はか)なけれ」
「も」 「最早此世の人ならず」
「せ」 「世間の義理もあるものを」
「す」 「墨も泌(にじ)める玉章(たまずさ)を」
「京」 「京見物の帰り途(みち)」
 
不如帰の歌(いろは)かるた
不如帰の歌(いろは)かるた

しかし、残念であったが、この企画は外れであった。家庭小説は大人の女性向けの格好の題材であったのだが、子ども抜きに、大人の女性同士がかるた遊びに興じるという習慣は成立しなかった。『不如帰』は大流行したが、「不如帰かるた」は数種類が試みられたがそれほど流行しなかったのである。もう一種類、同様に『不如帰』人気を狙った「新案 不如帰の歌(いろは)かるた」を載せておこう。

もう一点、女性向けの新聞小説のかるたがある。明治三十八年(1905)に大阪毎日新聞社の懸賞に当選して一躍大人気になった大倉桃郎の『琵琶歌』と、大正元年(1912)に大阪毎日新聞に連載された柳川春葉の『生さぬ仲(なさぬ仲)』を合わせて一つにしたかるたである。このうち『生さぬ仲』は、事業に失敗して収監された東洋漁業会社社長、渥美俊策の一子、滋をめぐって前妻でアメリカ、ハリウッドで女優をしている生母、珠江と、生さぬ仲の継母、真砂子との葛藤をえがくもので、真砂子の姑、岸代が珠江に味方して滋を真砂子から引き離して珠江に渡したりする騒動の末、珠江が猛省し、滋を真砂子に返して、アメリカで作った資産も渡して一人で帰米するという筋立てであり、大いに女性に受けて、大正年間(1912~26)、昭和前期(1926~45)には、舞台で上演され、悲劇映画の定番となり、何度も製作された。それをかるた化したのがこれである。【生】は「生さぬ仲」、【琵】は「琵琶歌」に関連するもので、各々の札の上にもこの文字が書かれている。内容を紹介しておこう。

「生なぬ仲」「琵琶歌」かるた
「生なぬ仲」「琵琶歌」かるた
 
「い」【生】 いとゞ哀(あはれ)に泣叫ぶ。
「ろ」【琵】 露國を指して出征す。
「は」【琵】 母の意見に是非なくも。
「に」【生】 憎みも深き姑(はゝ)岸代。
「ほ」【生】 褒むるは日下部唯一人。
「へ」【琵】 兵士となりて早や三年(みとせ)。
「と」【琵】 訪ふは両人(ふたり)の若紳士。
「ち」【琵】 舅(ちち)の無体な振舞に。
「り」【生】 利達を望む我ならじ。
「ぬ」【生】 盗み行衛(ゆくゑ)は暗(やみ)の中。
「る」【生】 不在(るす)を守れる妻真砂子。
「を」【琵】 想も厚き實の兄。
「わ」【琵】 別れも悲(つら)らき友千鳥。
「か」【生】 家名を汚す無禮者(ぶれいもの)。
「よ」【生】 寄辺渚の棄小舟。
「た」【琵】 便(たよ)る我家の窓のきわ。
「れ」【生】 禮儀に欠くる赤澤の。
「そ」【琵】 添はれぬ縁と識(しり)ながら。
「つ」【琵】 盡(つく)す情も仇となる。
「ね」【琵】 願ふ神社(やしろ)の大榎。
「な」【生】 生(な)さぬ仲なる母慕ふ。
「ら」【生】 来世を願ふ親子連れ。
「む」【琵】 無惨や小指を咬(か)み切りて。
「う」【生】 憂世を忍ぶ賃仕事。
「ゐ」【琵】 意外の人と友となる。
「の」【琵】 軒端傾く侘(わび)住居。
「お」【生】 鬼とも看(み)ゆる旧(もと)の妻。
「く」【琵】 狂ひし口に琵琶の歌。 
「や」【生】 八重の潮路を打越へて。
「ま」【琵】 負けぬ意(こころ)の三蔵か。
「け」【生】 権威を笠に執達吏(しゆつたつり)。
「ふ」【琵】 深き情の大和歌。
「こ」【琵】 小春は密(ひそか)に身を焦す。
「え」【生】 榮華の夢に憧れて。
「て」【琵】 天にも通ふ琵琶の曲。
「あ」【生】 仇となりたる此(この)指輪。
「さ」【琵】 里野は泣くゝゝ逍遥(さまよ)ひぬ。
「き」【琵】 菊江の慰問に嬉し泣。
「ゆ」【生】 雪の大路(おほじ)に突き出さる。
「め」【琵】 女浪(めなみ)男浪(おなみ)の由井か濵。
「み」【生】 道に背きし横戀慕(よこれんぼ)。
「し」【生】 叱り懲(こら)すは母の前(まい)。
「ゑ」【生】 縁(ゑにし)は絶へず廻(めぐ)り遇(あ)ふ。
「ひ」【生】 牢獄(ひとや)に獨(ひと)り物想ひ。
「も」【琵】 燃ゆる想(おもひ)の春麿が。
「せ」【琵】 世間晴れたる夫婦仲。
「す」【生】 素性も知れぬ鬼の宿。
「京」【生】 今日(けふ)も昔の春の風。
 

このイロハ四十八枚のかるたから「生さぬ仲」の札二十四枚を抜き出すと、次のようにこの小説の粗筋が見えてくる。同じことは「琵琶歌」二十四枚でも起きる。一組のかるたで二編の人気小説の世界で遊ぶことができるという仕掛けである。

「い」【生】 いとゞ哀(あはれ)に泣叫ぶ。
「に」【生】 憎みも深き姑(はゝ)岸代。
「ほ」【生】 褒むるは日下部唯一人。
「り」【生】 利達を望む我ならじ。
「ぬ」【生】 盗み行衛(ゆくゑ)は暗(やみ)の中。
「る」【生】 不在(るす)を守れる妻真砂子。
「か」【生】 家名を汚す無禮者(ぶれいもの)。
「よ」【生】 寄辺渚の棄小舟。
「れ」【生】 禮儀に欠くる赤澤の。
「な」【生】 生(な)さぬ仲なる母慕ふ。
「ら」【生】 来世を願ふ親子連れ。
「う」【生】 憂世を忍ぶ賃仕事。
「お」【生】 鬼とも看(み)ゆる旧(もと)の妻。
「や」【生】 八重の潮路を打越へて。
「け」【生】 権威を笠に執達吏(しゆつたつり)。
「え」【生】 榮華の夢に憧れて。
「あ」【生】 仇となりたる此(この)指輪。
「ゆ」【生】 雪の大路(おほじ)に突き出さる。
「み」【生】 道に背きし横戀慕(よこれんぼ)。
「し」【生】 叱り懲(こら)すは母の前(まい)。
「ゑ」【生】 縁(ゑにし)は絶へず廻(めぐ)り遇(あ)ふ。
「ひ」【生】 牢獄(ひとや)に獨(ひと)り物想ひ。
「す」【生】 素性も知れぬ鬼の宿。
「京」【生】 今日(けふ)も昔の春の風。

このかるたは、小型で縦長であり、通常の「イロハかるた」のように畳の上に広げて取り合う遊技には適さない。むしろ、ちょうど新聞の連載を読むように、「い」から順番に手に取って、話の筋書きを思い浮かべて楽しむのに適している。一人で物思いにふけるのもいいし、二人以上であれこれとおしゃべりをする際のツールにもなる。いかにも大人の女性向けのかるた札である。

なお、この小型、細長いかるた札はほかにもある。少年向けの飛行機かるたがその一例である。これも、友だち同士で遊技をして遊ぶというよりは、見せ合ったり、交換したり、自分一人で見ながら空想にふけったり、要するに、現代のカードの遊び方に近い用途が想定されるものである。これも抜粋だが、一例として、飛行機を主題とするかるたを紹介しておこう。

「教育飛行機かるた」
「教育飛行機かるた」
 
「に」 日々進む飛行界。
「ほ」 歩兵中尉の徳田君
「と」 都市聯絡(れんらく)の大飛行。
「ち」 塵を蹴立て滑走す。
「り」 利欲を棄て研究す。
「る」 壘を破るもいと易し。
「を」 大阪全市熱狂す。
「わ」 鷲かと見ゆる飛行機の。
「か」 通ふ汽車より猶速し。
「よ」 世にも尊き利器なるぞ。
「た」 明松(たいまつ)携へ探撿す。
「れ」 記録破る大飛行。
「そ」 即死を遂げし両中尉。
「つ」 墜落なせしブレリオ式。
「ね」 眠るを忘れ熱心に。
「な」 奈良原式の新飛行。
「ら」 楽々走る百哩(まいる)。
「む」 昔の人は夢にだも。
「う」 雨中を突て進行す。
「ゐ」 ゐ友巧みに操つりて。
「お」 大空翔けるベーリング。
「く」 空界轟くプロペラ―。
「ふ」 複葉式と單葉と。
「こ」 越ゆる海山何のその。
「え」 英姿堂々搭乗す。
「あ」 朝日の催す大飛行。
「さ」 最後の飛行を深草に。
「き」 木村中尉の飛行振り。
「ゆ」 愉快に飛ぶや蒿雀(ひばり)號。
「め」 名譽(めいよ)を荷負ふ徳川の。
「し」 死して榮(はえ)ある両中尉。
「ゑ」 榮譽輝く飛行家の。
「ひ」 飛鳥の如く翔け廻る。
「せ」 戰争の用に飛行機を。
「す」 水上飛行勇ましく。
「京」 今日は飛行の好日和。
 
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