(二)古典型の花合せかるたと花札仕様の花合せかるた

花合せ(四枚組み)かるた
花合せ(四枚組み)かるた
(大牟田市立三池カルタ・
歴史資料館蔵、明治時代)

大牟田市立三池カルタ・歴史資料館には明治前期(1868~87)のものと思われる四枚組みの花合せかるたがある[1]。それは例えば、「桐に鳳凰 七百点」「桐 三百点」(三枚ある)、「河骨に鶴 八十点」「河骨 五十点」(三枚ある)、「粟に雀 八十点」、「粟 五十点」(三枚ある)、「紅葉に鹿 三百点」、「紅葉 八十点」(三枚ある)のような組み合わせであり、伝狩野芳崖筆の花合せかるたと近い。

また、私の手元にも、四十紋標、百六十枚揃った四枚組みの花合せかるたがある。制作時期は良く分らない。図像は江戸時代後期(1789~1854)、幕末期(1854~68)の様にも見えるが、裏紙の新しさが気になる。これも明治前期(1868~87)のものであろうか。その図像と点数は、点数の多少に沿って、紋標、高点札の添え物、点数の順に記すと、最高点は海原に太陽(七千点)であり、以下、蝙蝠に満月(五千点)、富士山に昇竜(五千点)、太刀と大福帳に暫の役者(四千点)、蛤貝に竜宮城の夢(三千点)、牡丹に蝶(千五百点)、鳥籠に雄鶏(千五百点)、大根に鏑矢(千五百点)、烏帽子と扇に釣鐘(千点)、粗朶に風車(千点)、桜に立雛(千点)、鉞に朱盃(八百五十点)、羽菷に鼠(八百点)、藤に犬(七百点)、袋と団扇に布袋(七百点)、若松に鶴(五百点)、竹に雀(五百点)、稲穂に鳴子(五百点)、甘草に猫(五百点)、梅に鳥居(五百点)、神楽鈴に小面(五百点)、杉林に杜鵑(五百点)、芙蓉に白鷺(五百点)、葛に兎(五百点)、紅葉に酒瓢(五百点)、百合に柿の実(五百点)、萩に雀(三百点)、蔦に烏(三百点)、笹に海老(三百点)、桔梗に蟷螂(二百点)、山桜に檜扇(二百点)、葡萄に篭(二百点)、柘榴に鶯(二百点)、水草に金魚(百五十点)、岩石に野蘭(百点)、蓮に鵲(百点)、撫子に蜻蛉(百点)、麦に雲雀(八十点)、女郎花に鶉(八十点)、藤袴に文箱(八十点)である。各紋標で、紋標だけの札は基本的には十分の一の点数であるが、多少上下している紋標の札もあり、また三百点以下の札は五十点が基本であるが、ここでも若干は四十点、三十点とされている。このかるたの各紋標の選び方、付属物との組み合わせ、点数の配分などはどういう主旨であるのかが分からない。ただ言えることは、四十の紋標のうち、植物に由来するものは二十六で、辛うじて植物合せ、あるいは大まけにまけて花あわせとは言えても、これでは到底「花鳥合せ」とは呼べないことである。

花合せ(四枚組み)かるた
花合せ(四枚組み)かるた

このように、江戸時代後期(1789~1854)から明治前期(1868~87)にかけての花合せかるたには、花を揃えることへの執着に温度差があり、多様に存在していたのである。私は、だから、この種類の絵合せかるたを、花合せかるたと集約するのではなく、花鳥風月の絵合せかるたと整理している。

私はすでに舞台芸能絵合せかるたを扱った際に、高点札、短冊札、二枚のカス札で一紋標が構成される、明治年間(1868~1912)の絵合せかるたを紹介した。江戸時代には、各紋標に生き物札一枚、短冊札一枚とカス札二枚の花鳥風月絵合せかるたと、それがなくて生き物札一枚とカス札三枚の絵合せかるたという二系統があったようだと思われる。いずれにせよ、この種のかるたはまだ相当量が残されていてコレクターの手中にあるので、その情報が開示され、研究史料として利用ができるようになることを期待したい。


[1] 大牟田市立三池カルタ記念館編『図説カルタの世界』、同館、平成十四年、一八頁。

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