朝鮮の花札、「花闘」 三 日本植民地時代の取締当局者による研究 金櫕根『朝鮮賭博要覧』、共榮社、大正十五年。 大正年間については、大正十五年(1926)に公刊された金櫕根著の『朝鮮賭博要覧』が著名である。...
歌集『百人一首』誕生の謎 六 定家が添削して編纂した、自家の秘密教材たる百首の「歌群」 『百人一首』の成立の研究に関して私が疑問に思っているのは、従来の国文学者の『百人一首』成立論では、まず、藤原定家という人間が、和歌を家業とす...
一 「古筆手鑑」「歌仙手鑑」という出版物の発祥 (一)「古筆切」、「古筆手鑑」、「歌仙手鑑」の流行 江戸時代前期に歌人画像付きの百人一首かるたが考案され、人気を得て普及したが、その基になったのが、世阿弥光悦筆の『三十六歌仙』画帖、角倉素庵筆...
三 「ことば遊びかるた」の広がり (五)意外に少ない旅行のかるたと性娯楽のかるた 江戸の娯楽で盛んだったのが、寺社詣での旅行である。江戸で言えば、近隣の成田詣で、大山詣で、富士山詣でから、善光寺詣で、伊勢神宮詣で、出雲大社...
三 歌仙絵画の変遷に関する誤まった解釈の是正 (三)「論より証拠」と言われて 私は名指しで「論より証拠」とまで言われたので、論証をもう一度整理しておこう。私は、①百人一首の歌集では、現存最古のものと言われる『為家本』、...