文化大革命後、1970年代以降の中国で発行されている標準的な教則本の類は、内容的にはなかなかに興味深いものがあるが、日本の麻雀史研究では無視され続けてきた。私はそこに一種の上から目線、日本優越史観の臭いを感じていて、もっと謙虚に参考にするべきであろうと思い、中国の各地でこの種の書籍を求めていた。しかし、これらの教則本は、中国自体でも、麻雀への悪感情に影響されているのか軽視されており、北京図書館の所蔵も限定的であり、たぶん、私のコレクションが中国国内の図書館をも上回っていたと思う。この地方出版物の史料的な価値は、刊行された各地方に伝来している麻雀の牌構成や遊技法をおのずと反映している点にある。なお、私は、コレクションを一括して麻雀博物館に寄贈して誰でも活用できるようにした。

花牌(「聴用」「文財神」「武財神」タイプ)
花牌(「聴用」「文財神」
「武財神」タイプ)

この現代中国の文献に依れば、花牌の歴史は次のようなものとして理解されているようである[1]

昔、初期の麻雀に、勝負のスピードアップと刺激の増進を狙って、「聴用」と二文字書かれた牌二枚と「財神」の姿を描いた牌二枚が加えられた。聴用牌は麻雀牌三四種のいずれとして使ってもよいジョーカー牌である。他方、財神牌はカンのように横に出して別の牌と交換することで符(得点)が増えるボーナス牌である。聴用牌は二枚とも同じデザインだが、財神牌は文財神一枚、武財神一枚に分けて彫られた。

その後、花牌の数を増して聴用牌四枚、財神牌四枚(文財神二枚、武財神二枚)とするようになった。これにより、各人がこれらを入手して活用するチャンスが増えた。また、最初に牌を並べるときに全ての競技者が十八枚×二段を並べることになった。

花牌(「百撘」タイプ)
花牌(「百撘」タイプ)

次に、聴用牌、財神牌の双方に変化が生じた。聴用牌は「听用」牌とも呼ばれるようになった。長江中下流地域では「百搭」牌と呼んだ。機能に変化はなく、どの牌とみなしてもよい最強力の牌である。他方で、財神牌には「春」「夏」「秋」「冬」の文字が付くようになった。これが手に入ると、符が増えるのに加えて、自分の季節の牌であれば横に出して一翻増えることとした。「東」「南」「西」「北」の風牌と同じ扱いである。教則本の類では、財神牌は一枚で風牌三枚と同じ働きをするものであると説明される。「春」は「東」、「夏」は「南」、「秋」は「西」、「冬」は「北」の風牌と思えばよい。例えば「春」の牌を東家が入手すると四符増えるとともに一翻増えるが、南家、西家、北家であれば四符増えるだけである。逆に、東家が「夏」「秋」「冬」などを入手しても四符増えるだけである。


[1] 魯嘉、蒲国強等『麻將大全』、人民体育出版社、一九九六年、一一頁以下。許根儒、称日昇『麻將牌打法与技巧』、天津科学技術出版社、一九八七年、三頁以下。

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