日本では、幕末期の開国以降も、トランプは輸入が認められていなかった。だからそれは、長崎、神戸、横浜などの外国人居留地の内外や、東京の鹿鳴館のような外国人との交際をする場所で遊技される程度の広まり方であった。

万博事前展覧会での西洋カルタ

日本におけるトランプの普及と言えば、まずは、江戸時代末期(1854~67)の開国で新たにできた神戸や横浜の外国人の居留地に思い当たる。こうした治外法権の地域では、日本法の適用はなかったのであるから、トランプも堂々と盛んに使われていたであろうことが推測できる。だが、そうした遊興の記録はほとんど残っていない。明治六年(1873)にオーストリアのウィーンで開催された万国博覧会に出品するものをそれに先駆けて国内で展示する博覧会が前年の明治五年(1872)に東京で開催された。その展示物を描いた木版画の中に「西洋かるた」があるが、そこに描かれているのは中国の紙牌らしい細長いカードとサイコロ、それに点数棒のようなものであって、欧米のトランプとはとても断定できない。明治四十年(1907)に『世界遊戯法大全』[1]を表した松浦政泰は、故郷松山で県官の家でトランプで遊んだのは明治八、九年(1875~76)のことであったと書いているが、これも断片的すぎてよく分からない。

『戸内遊戯方』

また、トランプに言及した初期の文献としては、明治十二年(1879)に刊行された漢加斯底爾譯『百科全書 戸内遊戯方』[2]がある。この書については横山恵一の精緻な研究[3]があるのでそれに依拠して理解を進めたい。本書は、フランスの百科全書のチェンバレンによる英訳本を日本語に重訳したものである。翻訳者の漢加斯底爾はオランダ人ファン・カステール(Van Kaster)である。

カステールが明治時代前期(1868~87に日本にいたことは確かだが、その経歴や来日の理由、その人物像などは、橋本美保の詳細な研究[4]はあるものの、実際は不明な点が多い。とくに、『百科全書』の翻訳に関わるようになった経緯や選抜された理由、また、その仕事 ぶりや出来栄えの評価などについてが分からない。ただ、明治前期(1868~87)に文部省に雇われて日本人の上司の校閲を経ながら何点かの欧文の文献を日本語に翻訳していて、これもその仕事の一環と思われる。

同じく『百科全書』を研究した長沼美香子『訳された近代 文部省「百科全書」の翻訳学』[5]も、「カステール(一八四三―七八)『体操及戸外遊戯』『戸内遊戯方』翻訳。フルネームは「アブラハム・ティエリー・ファン・カステール」(Abraham Thierry van Casteel)、漢字表記は「漢加斯底爾」。ロッテルダムの裕福な貴族の家柄に生まれた。ジャワ経由で来日し新潟で会社を経営するが、一八七〇(明治三)年に破産。兵部省や豊津藩で語学教師をした後、一八七三(明治六)年から亡くなる一八七八(明治十一)年まで東京の私塾で語学教師。この間に『百科全書』の二冊を含む合計十一冊を翻訳した。」と紹介している。長沼はこうした指摘の論拠をとくには示してはいない。

なお、この辺の、カステールの人物像や『百科全書』の出版事情についてはこのサイトの「江戸期かるた文化の研究6-1江戸かるた文化の残照、四・西洋カルタの登場」で詳説したのでここでは省略して著書の内容に移ろう。

『百科全書 戸内遊戯方』はチェス、バックギャモン、ビリヤード、ダンスなどとともにトランプの歴史や構成を説明してゲームの技法に及んでいる。江戸時代の『蘭学事始』の翻訳を始めとして、日本人の学者が欧米の未知の文化を日本語に翻訳する時の苦労はよく知られているし、同様に、明治初期(1868~77)の翻訳でも多くの苦心と工夫があった。刑法の研究で「罪が燃えている」という言葉を「現行犯」と訳出するなどの新造語も多かった。ところが、カステールの翻訳では、英文が日本語に訳されていると言っても、トランプの構成やゲーム用語は「キング」を王と、「クイン」を女王と訳したほかは原語のままでカタカナで表記してあり、それも、「コールトカーズ」(絵札、コートカードのこと)など、発音もオランダ語風になっていて翻訳文としてはいかにも工夫が足りない不完全なものであった。また、ここで紹介されているゲームは、「ウヰスト」「クリイベッジ」「スペキュレーション」「ルー」である。日本人には理解が極めて困難なものであったのではなかろうか。残念なことに、このカステールによる翻訳が活用されて、ここに挙げたようなトランプの遊技法が広まったという記録もない。

カステールがこの書に取り組んだ姿勢も、未開の日本に進んだ欧米の遊戯文化を教示しようとするものであって、日本社会に存在していた二百年を超えるかるた文化への理解はなく、その知識が欠けているために、既に日本で用いられていたカルタ遊技用語に翻訳しようという発想もなく、まして、わずかに用いられていた明治前期(1868~87)のトランプの遊技での用語例の活用もない。したがって、そこには「パース」への言及もないが、そのことはファン・カステールがこの言葉を知らなかったという事実を説明するだけで、それ以上には何も物語ってはいない。


[1] 松浦政泰『世界遊戯法大全』(復刻版)、本邦書籍、昭和五十九年、三七四頁。

[2] 漢加斯底爾譯『百科全書 戸内遊戯方』文部省、明治十二年。

[3] 横山惠一「資料紹介『戸内遊戯方』」『遊技史研究』第十四号、遊戯史学会、平成十四年、六一頁。

[4]  橋本美保「明治初期における西洋教育書の翻訳事情―オランダ人ファン・カステールを中心にして―」『日本の教育史学』、教育史学会、平成七年、二四頁。

[5]  長沼美香子『訳された近代 文部省「百科全書」の翻訳学』、法政大学出版局、平成三十年、九七頁。

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