倭蘭あはせかるた

倭蘭あはせかるた(復刻版表紙)

このかるたは、およそ江戸時代後期(1789~1854)のものと思われるが、自然、文物、人を題材にして、事物の名前を示す名詞が、オランド顎、日本語の双方で書かれた対のカードで構成されている木版彩色のものであり、カードのサイズは縦七・三センチ、横四・八センチである。これは、絵札、字札ともに一枚に五段、五列、合計二十五枚のカードが摺り出されたおもちゃ絵状のものが四枚ずつ、合計八枚で百対・二百枚になっている。現在残されているものは、昭和三年(1928)に藤堂家が五十部限りで復刻した八枚組のセットであって、元になったであろう完成されたかるたないし未裁断のかるた絵は知られていない。また、元来はかるた絵を包んだ包装紙であろうか、墨色の木版で「倭蘭あはせかるた」「ことばをよみてゑをとり、又人数にくばりてふせるもよし。百人首、いろはかるたにかはることなし。日月星の三光ならびに人の類をやくふだとなすなど、人々のおもひつき立べし。禁売買」(句読点は引用者)と摺り込まれている紙片が一枚付属している。

 

かるたの内容は、絵札には題材の図像と、日本語の名称を枠で囲った文字がある。字札には、中央に題材のオランダ語の表記が大きく片仮名で書かれ、それに小さく平仮名の振り仮名がついている。さらに、右側には、それに対応する日本語の表記が、漢字と平仮名で枠に収めて表記されている。札にはオランダ語の表記はない。選ばれた言葉は自然、文物、人に関する名詞である。これは物の名を扱ってきた伝来の「絵合せかるた」と同じであり、その遊技の伝統を継承するものであることがはっきりとしている。

 

こうした構成であるので、このかるたは実際にどのような遊技として成り立つのかを考えてみると、これは、オランダ語の「言葉を読みて絵を取る」ものであると考えられる。「アープ」と読まれて、皆で「猿」の絵札を探す遊技である。もちろん、文字札の日本語表記の「猿」を読んで対応する「猿」の絵札を取る遊技法、通常の「絵合せかるた」として遊技することも可能であるが、それではこのかるたに特有の特性が生かせない。「アープ」と読まれて「猿」を取る動作の繰り返しでオランダ語では猿のことをアープというと記憶するように、というのがこのかるたの教育的な狙いであり、日本語表記は、「アープ」では誰も絵札が取れなかったときに、「猿のことだよ」とヒントを出す程度の使われ方であろう。

 

もう一つの遊技法は、「人数にくばりてふせるもよし」とされているものであり、百枚の絵札を人数に均等に割り当て、それを四角く、あるいは山形に並べて、読み手が読み上げたカードは裏返しして伏せることを繰り返し、早く縦、横などに一列のカードが伏せられたときにポイントになるという遊技法である。今日の遊戯でいえばビンゴに近い、古くからある歌合せかるたの遊技法を応用したものといえよう。

 

この「倭蘭あはせかるた」の内容は次のようになる。各語の末尾に参考までに私の考えたオランダ語のスペルを(  )内に記したが、よく理解できないものもあり、誤解が少なくないことを恐れる。

 

 

 

倭蘭あはせかるた

 

一枚目

「テーゲル ていげる 虎 とら」(tijger)

「ダラーカ たらあか 龍 りう」(draak)

「ベール べいる 熊 くま」(beer)

「パールド ぱあるど 馬 うま」(paard)

「クーベースト たあべいすと 牛 うし」(koebeest)

「ウヰルドファルケン うゐるどふあるけん 野猪 ゐのしゝ」(wildvarken)

「ホンド ほんど 犬 いぬ」(hond)

「モイスロット もいすろっと 鼡 ねつみ」(muisrat)

「ハルトベヱスト はるとべゑすと 鹿 しか」(hertbeest)

「アープ あいぷ 猿 さる」(aap)

「ダス だす 狸 たぬき」(das)

「タムメファルケン たむめふあるけん 豕 ぶた」(tamevarken)

「キットホルス きっとほるす 蝦蟆 ひきかいる」(kikvors)

「キニーホンド きにいほんど 狒林狗 ちん」(kingiehonde)

「カット かと 猫 ねこ」(kat)

「ハース はあす 兎 うさぎ」(haas)

「ステーンブラッセム すていんぶらっせむ 鯛 たい」(zeebrassem)

「ワルヒス わるひす 鯨 くじら」(walvis)

「カルペル かるぺる 鯉 こい」(karper)

「セースピンネコップ せいすひんねこっぷ 章魚 たこ」(zeespinnekop)

「アールパーリング あゝるぱありんぐ 鰻鱺 うなぎ」(aalpaling)

「カラブ からぶ 蟹 かに」(krab)

「シキルドパッド しきりどぱっど 亀 かめ」(schildpad)

「ボットヒス ぼっとひす 比目魚 ひらめ」(botvis)

「コムメルマス こむめるます 鉛鑪魚 かつを」(kommermas)

 

二枚目

「ブラースヒス ふらあすひす 河豕 ふぐ」(blowfish)

「ゾン ぞん 日 ひ」(zon)

「マーン まあん 月 つき」(maan)

「ステルレン すてるれん 星 ほし」(sterren)

「ドンドル どんどる 雷 かみなり」(donder)

「スネーウ すねいう 雪 ゆき」(sneeuw)

「レーゲン れいげん 雨 あめ」(regen)

「アールドベーヒング あゝるどべいひんぐ 地震 ぢしん」(aardbeving)

「ウヰンド うゐんど 風 かぜ」(wind)

「ゼー ぜい 海 うみ」(zee)

「サアイランド さあいらんど 田 た」(zaailand)

「ドルプ どるぷ 村 むら」(dorp)

「ストラート すとらあと 市街 いちまち」(straat)

「ベルグ べるぐ 山 やま」(berg)

「ブリュク ぶりゆく 橋 はし」(brug)

「レーゲンボーグ れいげんぼをぐ 虹 にじ」(regenboog)

「リヒール りひいる 河 かは」(rivier)

「バーイ ばあい 港 みなと」(baai)

「コープマン こをぷまん 商 あきうと」(koopman)

「アッケルマン あっけるまん 農 ひやくせう」(akkerman)

「ブロイドゴム ぶろいどごむ 女婿 むこ」(bruidegom)

「ゾーンスフロウブロイド ぞをんすふろうぶろいど 媳婦 よめ」(zoonsvrouwbruid)

「ヤーゲル やあげる 猟戸 かりうと」(jager)

「ヒスセル ひすせる 漁人 りやうし」(visser)

「パープ ぱあぷ 僧 そう」(paus)

 

三枚目

「ケネクト けねくと 奴僕 しもべ」(knecht)

「トネールスペーレル とねいるすぺいれる 俳優 やくしや」(toneelspeler)

「ゾーン ぞをん 男児 おとこのこ」(zoon)

「チンメルマン ちんめるまん 木工 だいく」(timmerman)

「フールマン ふうるまん 車夫 しやりき」(fouleman)

「ゼーハールデル ぜいはあるでる 舟子 せんどう」(zeevaarder)

「ポスト ぽすと 駚歩 ひきやく」(post)

「シキルデル しきるでる 画工 ゑかき」(schilder)

「ドクトル どくとる 醫者 ゐしや」(doctor)

「ホールセッヘル ほをるせっへる 卜者 うらないしや」(voor    )

「ウールホイス うゝるほいす 青樓 じよろや」(hoerhuis)

「コメーヂー こめいぢい 戯場 しばゐ」(komedie)

「ヒスマルクト ひすまるくと 魚市 うをいち」(vismarkt)

「ベールドホウウヱル べいるどほううゑる 木偶匠 にんぎやうや」(beeldhouer)

「ヂーフ ぢいふ 盗賊 ぬすびと」(dief)

「コンペイト こんぺいと 菓子 くはし」(confeito)

「ウェイン うゑいん 酒 さけ」(wijn)

「テイ てい 茶 ちや」(thee)

「ソイクル そいくる 砂糖 さとう」(suiker)

「ラケット らけっと 羽子板 はごいた」(racket)

「トル とる 獨楽 こま」(tol)

「フリーゲル ふりいげる 風紙 たこ」(vlieger)

「ワーイヱル わあいゑる 扇 おふぎ」(waaier)

「フロイト ふろいと 笛 ふゑ」(fluitje)

「トロムメル とろむめる 鼓 たいこ」(trommel)

 

四枚目

「ヒヨール ひよをる 胡弓 こきう」(viool)

「ウヱインコップ うゑいんこつぷ 酒盅 さかづき」(wijncup)

「サーグ さあぐ 鋸 のこぎり」(zaag)

「ウール うゝる 妓女 ぢよらう」(hoer)

「ミンネブリーフ みんねぶりいふ 艶書 ぬれふみ」(minne brief)

「コラール こらある 珊瑚 さんごじ」(koraal)

「パーウ ぱあう 孔雀 くじやく」(pouw)

「インヂアーンスハーン いんぢあゝんすはあん 鳳凰 ほうをう」(indiaanshaan)

「カラーンホーゲル からあんほをげる 鶴 つる」(kraanvogel)

「ファルク ふぁるく 鷹 たか」(hawk)

「フーンドル ふうんどる 鶏 にわとり」(haan)

「トイフ どいふ 鳩 はと」(duif)

「モイシー もいしい 雀 すずめ」(musch)

「ナクトガール なくとがある 黄鳥 うくひす」(nachtegaal)

「クウクウク くうくうく 杜鵑 ほとゝきす」(koekoek)

「スハルレボーム すはるれぼをむ 松 まつ」(scheurboom)

「バムブース ばむぶうす 竹 たけ」(bamboe)

「プロイムボーム ぷろいむぼをむ 梅 うめ」(pruimenboom)

「ピヲーニヤモウタン ぴをゝにあもうたん 牡丹 ぼたん」(pioenemouten)

「マーテルブルーム まあてるぶるうむ 菊 きく」(maaterbloem)

「パペガアイ ぱぺがあい 鸚鵡 おふむ」(papegaai)

「レーリー れいりい 百合 ゆり」(lelie)

「ナルシススユストゲッタ なるしすすゆすとげった 水仙 すいせん」(narcis   )

「ポムプーン ぽむぷうん 南瓜 かぼちや」(pompoen)

「ブラシリーペープル ぶらしりいぺいぷる 蕃椒 とうからし」(braziliepeper)

こうして詳細に見てみると、江戸時代の外国語理解のレベルがよく分かる。外国語をそのスペルで覚えるのではなく、片仮名で覚える。当然、発音は日本語のそれになっている。第二次大戦後の「カム・カム・エブリボディ」英語までの、日本人の外国語習得術の原点がここにあったのである。また、オランダ語の名詞が正しく翻訳されているものはもちろん多いが、中にはオランダ語で息子を意味する「ゾーン」が「男児」になっていたり、湾を意味する「ベイ」が「港」になっているなど、誤解が起きているものもあるし、嫁が「息子の妻の花嫁」であったり、「アール」と「パーリング」といずれも鰻を意味する言葉が合体して「アールパーリング」になっていたり、「唐辛子」が「ブラジルの胡椒」であったりするなど、コミュニケーションの混乱もある。

 

一番すごいのは「菓子」が「コンペイト」であることで、オランダ人と面会した日本人の通詞が、卓上の菓子を示してこれは何かと問うたときに、たまたまそれが金平糖であり、オランダ人は、これはコンペイトだと答え、通詞はスペルも確認することなく「菓子はコンペイトなり」と筆記してしまったのであろう。そうだとすると、古くポルトガルから伝来したconfeitoは、鎖国の時期に日本語化して金平糖という漢字も与えられていた菓子の一種であったのに、オランダ人は日本に来て初めて知った菓子であり、オランダにはない菓子だから日本語のままに応えた。実はそれは日本語化したポルトガル語由来の外来語であったのに、それをそのまま日本人に伝えたところ、この言葉はオランダ語の一部と理解された。その際にオランダ人がこれをコンペイトウと発音したのか、コンフェイトウと発音したのに日本人がコンペイトウと聞き取ったのかは知らない。結局、金平糖は、ポルトガル語、日本語、オランダ語、もう一度日本語というややこしい経路を経た奇妙な外来日本語になった。

 

こうした内容のかるたであるが、遊技法の案内まで添えて木版摺りで出版しているのであるから、ある程度の需要が想定されていたのであろう。一般にはオランダ人との接触が禁じられていた社会であるから、どのような日本人がこれで遊技したのか、阿蘭陀語を学習する初学者であるのか、物珍しさに惹かれた数寄者であるのか、阿蘭陀行、出島行を命じられた長崎円山の遊女なのか、想像する以外にはない。 

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