パーフェクション社No.355、山内任天堂No.1
上段:パーフェクション社No.355、
下段:山内任天堂No.1

近代の日本で制作されたもう一種類の新しいカルタはトランプである。トランプの解禁当時、カードはすべて第一章に見たように輸入品であって、「おもちゃ絵」の粗末なコピー製品以外には国産品はなかったのであるが、早くも明治三十年代(1897~1906)に国際水準でのカードの国産化が始まった。以前は、国産化は明治三十七、八年(1904~05)の日露戦争におけるロシア人捕虜の無聊をなぐさめるために京都の「山内任天堂」が制作した物が最初であるという業界神話が通用していた。だが私はアメリカのUSカード会社の資料館で明治三十六年(1903)に蒐集された「山内任天堂」のトランプを発見した。この製品自体がわずかな差であるが日露戦争に先行しており、その制作準備に要する時間を考えれば業界神話は虚偽であることが分かる。

この国産第一号のトランプは当時の日本の印刷技術を考えると品質の高さに驚かされる。それとともに注目されるのが絵札の図像であり、アメリカのパーフェクション・プレイングカード社(Perfection Playing Card Co.)のカード・デザインのコピーである。そして同社は、1894年にUSプレイングカード社(US Playing Card Co.)に吸収合併されて消滅している。ここに想定されるのは、合併で閉鎖されたパーフェクション・プレイングカード社[1]ニューヨーク工場[2]のトランプ印刷機械が売りに出され、この中古の機械をいち早く輸入して京都でカード制作が始まったという経緯である。実際、現在の「任天堂」の周辺には、この時期に「東洋印刷」という会社を作ってトランプの制作とともに「村井煙草」のパッケージや煙草カードを制作したという伝承が残っている。だが、「東洋印刷」のような大きな企業を興すほどの力量は当時の「山内任天堂」にはなかったのであって、この会社は「村井煙草」の制作者、「村井兄弟商会」が興したものである。企業としての大きさを考えると、「村井」が興した「東洋印刷」がパーフェクション・プレイングカード社のトランプ制作機械を購入して「山内任天堂」のトランプを制作したと思われる。「山内任天堂」のトランプを見ると、四種の紋標を重ねた「スペード」の「エース」の図柄やピエロが箱から飛び出している「ジョーカー」のデザイン、さらに絵札の「キング」「クイーン」「ジャック」の容貌や服装、持ち物のデザインなど、図柄までパーフェクション・プレイングカード社のものを使っていることが分かる。なお、「山内任天堂」は、同じ年にUS プレイングカード社に買収されたナショナル・カード社(National Card Co.)のカード・デザインも使っているので、機械購入の取引相手はUSプレイングカード社であったと推定される。あるいは、輸入後の機械の据え付けや稼働の支援のためにUSプレイングカード社から技術者が来日してノウハウを教えていた可能性もある。

なお、イギリスの研究者ケン・ロッジ(Ken Rodge)は、山内任天堂以前に大阪の松井天狗堂がトランプを制作していたと述べたことがある[3]。だが、直接本人に照会してもその根拠は不明確で自ら否定的であった。松井天狗堂の子孫に問い合わせても任天堂に次いで制作したと言い伝えられており、任天堂に先駆けたという話ではない。この説は立ち消えた。

トランプの国産は、その後、大阪のユニバーサル社が上海に支店のあるイギリスのトランプ制作会社、ユニバーサル社(The Universal Playing Card Co.)の下で制作するようになり、大正時代(1912~26)には任天堂を抜いてトップ・メーカーとなった。たまたまその時期に第一次世界大戦が起こり、インドから東南アジアにかけてトランプを供給していたベルギーのカード業界が戦乱に巻き込まれて製品の輸出が困難になった。日本のカード会社は真空状態になった市場に進出して、欧米のトランプや華人社会の中国系の紙牌など、安価な製品を提供して輸出を伸ばした。

こうした環境にも恵まれて、ユニバーサル社のものを筆頭に、日本国産のトランプは一般の家庭内にも入り込み、女性や子どもたちの遊技に盛んに用いられるようになった。それとともに、アメリカやイギリスのトランプも舶来品として珍重された。ここでは二例のPR カードを紹介しておこう。ひとつは、イギリスのグッドオール社が、神戸市のウィルキンソン社の炭酸水の広告用に制作したトランプである。依頼を受けてイギリス本国で制作して日本に輸出し、日本に到着後に収納箱を制作して合体させたものであろう。カードは最高級の品質で美麗に作られており、それがいかにも日本製のお洒落な収納箱に収められている、とても魅力的なものである。これを贈られたウィルキンソン社の顧客が大いに喜び、家族や友人との団欒の席で披露して家族遊戯に興じたであろう有様が思われる。もう一例は、ユニバーサル社がサクラ・ビールの広告用に制作したトランプである。これもカードとしての品質が高く、魅力あるPR トランプである。ユニバーサル社と言えばもちろん大阪に日本のユニバーサル社があったが、このサクラ・ビールのトランプの品質はとても高く、大阪の会社ではこれに匹敵する品質のものは見たことがない。また、トランプの本体を封印した丸形のシールも大阪の会社にはない。したがって、私は、このトランプは上海に支店のあったユニバーサル社の本社で特注を受けて制作して日本に輸出したものと考えている。

ウィルキンソン炭酸水のPRトランプ(グッドオール社製)
ウィルキンソン炭酸水のPRトランプ
(グッドオール社製)
サクラビールのPRトランプ(ユニバーサル社製)
サクラビールのPRトランプ
(ユニバーサル社製)
J.N.社のトランプ箱
J.N.社のトランプ箱

こうしたトランプの中で特に目立ったのは、The J.N. Playing Card社のナポレオン(NAPOLEON)印のトランプである。このJ.N. Playing Card社はアメリカのトランプ制作会社としてはリストに掲載されておらず、よく分からない。手元にあるトランプの箱には、上部にTHE J.N. PLAYING CARD CO.、下部にINDIANAPOLIS & SHANGHAI.とある。このパッケージのデザインはナショナル・カード社(National Card Co.)のものと類似しており、ジョーカーの図柄も同じであるから、この会社との関係が想定される。ナショナル・カード社は1894年にU.S. プレイングカード社に買収されているので、あるいは、この買収の際に同社の上海支店が独立して残り、トランプの制作を継続していて、それが近場の日本に輸出されたのであろうか。J.N. Playing Cardという社名は分かりにくいが、一部にJ.NAPOLEON社とした例があり、ナポレオン印との関係は密接であったように見える。なお、ナポレオン印のトランプは、昭和後期には任天堂から売り出されている。ナポレオン社は任天堂に吸収されたのであろうか。

なお、この他に、スタンダード・プレイングカード(The Standard Playing Card Co.)社のパッケージのトランプもあるが、ジョーカーのデザインはナショナル・カード社のものであり、19世紀末期から20世紀初頭にかけてのアメリカのトランプ制作社の離合集散の関係は錯綜している。


[1] Gene Hochman “Encyclopedia of American Playing Cards. Part IV Featuring Standard Cards Through the Years” (Private Edition), 1980, p.60.

[2] Perfection Playing Card Co.は、フィラデルフィアの会社であると自称しているが、同市には同社の設立を示す記録は一切なく、分かっているのは、ニューヨークのブルックリンに事務所と工場があったことだけである。したがって、ここではニューヨーク工場の機械と推定している。

[3] Ken Lodge“The Standard English Pattern” (Private Edition), 1991, p.79.

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