この時期の研究のもう一つの大きな特徴は、山口吉郎兵衛がそれまでの文献史学の枠を越えて展開した、カルタ類の蒐集を基礎にした研究という方法論の展開である。カルタの各領域に熱心な蒐集家が登場した。「歌合せかるた」には山口格太郎のほかに、「源氏物語カルタ」の中野孝一、「伊勢物語カルタ」の「鉄芯斎文庫・伊勢物語文華館」こと芦澤新二、「百人一首カルタ」の有吉保らがいた。賭博系カルタの村井省三、トランプの横山恵一、鳥居市松[1]、「郷土かるた」の松岡敬二,マジックカードの松田道弘、麻雀牌の浅見了のように他のコレクターを圧倒的に引き離した蒐集家もいた。内藤金吾は自己の名前から発して「きんごカルタ」の研究[2]に進んだ。また当時はよくは知られていなかったが「いろはかるた」の時田昌瑞もいた。私も明治以降の「いろはカルタ」、「家族合せ」などのゲーム・カード、「百人一首」、東アジアの紙牌、麻雀骨牌などの蒐集に努めた。

この時期は蒐集の条件、環境が良かったこともあり、どの場合も巨大なコレクションとなって研究資料として活用され、また、村井コレクションは「村井カルタ資料館」になり、鳥井市松のコレクションは「大牟田市立三池カルタ・歴史資料館」に収められ、世界最大規模の横山恵一コレクションは後に「大阪商業大学アミューズメント産業研究所」に収められ、各々外部者の研究にも活用されている。私の集めた明治期以降の近代「いろはカルタ」千数百点、とくに昭和後期のキャラクターものの千点に近いコレクションや、当時は日本で唯一であった明治以降の「歌合せかるた」の数百点のコレクションなどは「三池カルタ・歴史資料館」に譲って一般に利用できるように取り計らった。また麻雀牌コレクションは「麻雀博物館」に譲り、同館の世界最大のコレクションの基礎となった。

さらに、近隣領域の蒐集家がいた。児童出版文化のアン・ヘリング[3]、小物玩具の谷啓[4]、紙双六の山本正勝[5]、玩具全般の遠藤欣一郎[6]、多田敏捷[7]、入江正彦[8]、北原照久[9]らのコレクションと該博な知識も大いに参考になった。肥田皓三[10]の上方文芸、上方文化の研究も役に立った。


[1] 鳥居市松『「トランプ」さまざま』私家版、昭和六十一年。

[2] 内藤金吾『私の名前―金吾のルーツ』私家版、昭和六十一年。同『きんごまんだら』私家版、平成十一年、同『きんごまんだら貳』私家版、平成十七年。

[3] アン・ヘリング「縮緬本雑考」上~下、「続縮緬本雑考」第一~第十六、『日本古書通信』第四十七巻第五号~第五十巻第十二号、日本古書通信社、昭和五十七年~昭和六十年。同『江戸児童図書へのいざない』、くもん出版、昭和六十三年。

[4] 谷敬「状況玩具論」第一回~第五十七回、『玩具商報』、商報社、昭和四十二年~四十七年。同「戦後玩具35年小史」『おもちゃの本』内外出版社、昭和五十五年。同『日本の模型:業界七十五年史』東京都科学模型教材協同組合、昭和六十一年。同「玩具(玩具)」『大衆文化事典』弘文堂、平成三年。

[5] 山本正勝『双六遊美(あそび)』芸艸堂、昭和六十三年、

[6] 遠藤欣一郎『玩具の系譜』、勁草書房、昭和六十三年。同『続・玩具の系譜』勁草書房、平成二年。

[7] 多田敏捷『おもちゃ博物館5(カルタ・トランプ)』京都書院、平成四年。

[8] 「入江コレクション」は、現在は「兵庫県立博物館」の「こどもはくぶつかん」にある。

http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/official/room/children.html

[9] 北原照久『北原コレクション』評言社、平成二十六年。

[10] 肥田皓三「大阪のいろはかるた」『国文学』第六十三号、関西大学国文学会、昭和六十一年、二四頁。同「特集 肥田晧三坐談--大阪の人と本」、『藝能懇話』第二十号、大阪芸能懇話会、平成二十一年、二八頁。

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