三「自由麻雀」時代の麻雀牌 (三)榛原茂樹牌も自由麻雀の時代の産物 ここに一つ、問題がある。1928年に榛原茂樹が北京市で発見して入手した古牌である。榛原によれば、それは「一品」「二品」となっている麻雀牌で、文字牌は、三元牌が「晩」「凉(凉は涼の俗字)」牌で「白」牌は欠けている。風牌は「江」「村」「斜」「影」である。花牌として「棋」「僧」「待」「月」牌もあるという。花牌の図柄もまた、い... 館長
三「自由麻雀」時代の麻雀牌 (二)榛原牌と自由麻雀の時代 バブコック「自由麻雀」牌 1920年代にバブコック(Joseph Bubcock)がアメリカに輸出した麻雀牌の中に、四枚の「一筒」牌の各々で、筒子の中央に「自」「由」「麻」「雀」と彫り込まれたものがある。たまたまその牌のうちのひとつがモデルになってオランダで麻雀のトランプ状の紙牌が作られて、それが大ヒットして欧米各国で... 館長
三「自由麻雀」時代の麻雀牌 (一)榛原牌の発見 麻雀の発祥についてはよく分からないだけに、諸説が登場した。1860年代に太平天国の陣中で骨牌という形が考案されたという説が有力であるが、北京の宮廷だという説もあり、長江の物資輸送に携わる水夫たちが、馬吊の遊技に使う紙牌だと川風で飛ばされてしまうので工夫して紙牌から骨牌に改めたという説もある。 榛原茂樹牌 その中で異彩を... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (十一)十九世紀、中国中部での麻雀の歴史 以上の検討によって、今日、十九世紀の麻雀牌の歴史に新しいスポットライトが当たるようになったといえよう。簡単に要約すると次のようになる。 (1)スタンウイックによるグロバー牌の発見により、麻雀史研究は、それまで、ウイルキンソン牌を軸にして十九世紀末から歴史を語っていたのを、約二十年遡って、1870年代の麻雀の歴史から語る... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (十)野口晋一郎の麻雀牌 野口恭一郎牌 麻雀博物館には、館長の野口晋一郎が発見した、二組の宮廷麻雀牌がある。このうちの古いほうが、十九世紀麻雀史の検討に大いにかかわりを持ってくる。この牌は、縦二十二ミリ、横十七ミリ、厚さ十ミリで、ほとんど江橋牌と同じ大きさである。牛骨、裏は黒檀である。凹面で、四隅は角である。江橋牌と同時代の、1880年代のもの... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (九)江橋崇の麻雀牌 日本のカルタ史の研究者である私、江橋崇は、中国のカルタである馬弔(馬吊)紙牌の歴史を検討していくなかで、馬弔(馬吊)紙牌から麻雀紙牌を経て麻雀骨牌への発展があることを知り、麻雀の歴史についてもカルタ史の一部としての研究を行い、中国各地に残る伝統的な紙牌や古い麻雀牌のコレクションを行っていた。江橋は、十九世紀に馬弔(馬吊... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (八)名川彦作の麻雀牌 名川彦作牌 キューリンと同じ1909年に、場所も同じ上海市で麻雀牌を購入した日本人がいる。四川省で英語教師をしていた名川彦作である。名川は、日本に持ち帰ったこの麻雀牌で、周辺の人を相手に、日本で最初に麻雀の普及を始めた。日本の年号で言えば、明治四十二年(1909)、名川の新しい赴任地、樺太(現サハリン)でのことである。... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (七)キューリンの麻雀牌 キューリン牌 これまで何回か言及したアメリカの民族学者スチュワート・キューリン(Stewart Culin)は、1909年12月に上海市を訪問したときに、ブルックリン博物館のために麻雀牌を購入している。キューリンは1924年にこれについて、写真を添えて報告している。また、ブルックリン博物館には、このときにキューリンがも... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (六)ローファーの麻雀牌 ローファー牌 ローファー牌は、AMNHのスタッフ、ベルトード・ロ-ファー(Berthold Laufer)が、1901年から1904年にかけて、博物館の仕事で中国に滞在しているときに入手したもので、スタンウイックによるAMNHの調査で発見された。 ローファー牌は、縦二十四ミリ、横二十ミリ、厚さ十一ミリで、牛骨製である。... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (五)ウイルキンソンの麻雀牌 グロバーやヒムリーよりも少し遅れて中国のマージャン牌を欧米に紹介したのが、ウイリアム・ウイルキンソン(William Wilkinson)である。ウイルキンソンは、イギリス人で、オクスフォード市のデイビス中国語学校を1879年に卒業して中国に渡り、1880年から1918年まで、三十九年間、中国各地のイギリス領事館で事務... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (四)ヒムリーの麻雀牌に関する記録 スタンウイックの発見によって改めて脚光を浴びるのが、フランスの東洋カルタ研究者、テリー・デュポリス(Thierry Depaulis)による、ドイツ人カルル・ヒムリー(Carl Himly)の麻雀牌に関する古い記録 の発見と英語への翻訳である。 ヒムリーは、十九世紀後半に中国に滞在していたが、1876年に帰国している。... 館長
二 十九世紀の麻雀牌(プロト・マージャン) (三)グロバーの麻雀牌の名称と図柄 グロバーが蒐集した牌をどのように呼んだのかは大変に興味あるところである。この種類の牌をマーチャオ(麻雀)、マージャン(麻将)、モーチャオ(摸雀)などと呼んだ記録は1920年代以降のものが多く、それ以前のものでは、日本人、松本清司の明治三十八年(1905)の記録が最も古いが、松本が麻雀と呼んだものは、紙製の馬弔(馬吊)で... 館長