4-5 江戸はかるたの王国⑤「道斎かるた」「ガラ札」「百貨合せかるた」「武者かるた」「化け物かるた」 三 なぜか人気の「武者合せかるた」 江戸末期武者かるた 江戸時代後期(1789~1854)以降の「絵合せかるた」類の中で、人気が高かったものの一つが「武者合せかるた」である。日本の歴史上の勇者、英雄を取り上げ、絵札には甲冑姿の雄姿を描き、字札にはその姓名を書いてある。この系列のかるたは、江戸時代初期(1603~52)の、手描きの武者絵のかるたに始まった。... 館長
二 火消の家系に伝わった遊技札「ガラ札」 (二)江戸後期、明治前期の「百貨合せかるた」 「ガラ札」が世に残ったのはこのように山口、神 保の功績であるが、しかし、その紹介のあり方には残念だが問題があった。「ガラ札」は、江戸時代中期、後期の社会に溢れていた膨大な種類の「絵合せかるた」の中でごく一部のものにすぎなく、後世の好事家はたまたまそれが残存していたという事情を過大評価している。だが、私は、幸いなことに、... 館長
二 火消の家系に伝わった遊技札「ガラ札」 (一)東京の地方札、「ガラ札」の発見 従来の研究では、「絵合せかるた」の中では、江戸の火消しが待機中に遊んだかるた、「ガラ札」が妙に有名であった。発端は山口吉郎兵衛の『うんすんかるた』である。ここで山口は、蒐集した幕末期から明治前期の「ガラ札」(別名「ピイ」「天窓」)を紹介し、それが絵札百三十枚(あるいは百四十枚)と同数のクジで構成されていること、絵札の図... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (五)「道斎かるた」の歴史 これらの比較から、何点か検討するべき点が見えてくる。 江戸時代中期の「譬え合せかるた」と「明治期譬え合せかるた」を合わせると百十三の諺になる。「譬え合せかるた」では百句が基準の数で有り、盛り込まれる諺に移動があって、新旧合わせて合計で百十三句になるものと考えられる。あるいはそれ以上の変動が有り、その中で現在まで残ってい... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (四)明治年間以降の「道斎かるた」 山城屋版の「道斎かるた」、六十二句の内容は次のようなものである。 「道斎かるた」(山城屋、昭和後期) 「いわしの(二文)[11]」(鰯の頭も信心から) 「いつも正月(点数なし)[21]」(いつも正月) 「八十の(二文)[40]」(八十の手習い) 「花みよしの(十二文)[26]」(花は三芳野) 「二かいから(二文... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (三)明治年間の「譬え合せかるた」 一方、「明治期譬え合せかるた」では、残存する七十四句の内容は次のようなものである。ただし、欠けている部分は、昭和後期の山城屋版「道斎かるた」で補った。 「譬え合せかるた」(明治年間、制作者不明) 「犬もあるけは(一)」(犬も歩けば棒にあたる) 「鰯のあたまも(一)」(鰯の頭も信心から) 「いつも(十)」(い... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (二)道斎かるたの前身「譬え合せかるた」 こうした「譬え合せかるた」の内容の変遷を示すために、その内容を比較しておきたい。 まず、江戸時代中期(1704~89)の手描き「譬え合せかるた」(百句かるた)、合計百対の譬えのうち絵札か字札が残存する八十五句の内容は次のようなものである。 江戸中期譬え合せかるた(五十句かるた) 「いわしのあたまも」(鰯の... 館長
一 「譬え合せかるた」と「道斎かるた」 (一)「道斎かるた」の発見 かつて「いろは譬え合せかるた」の研究史では、江戸時代中期(1704~89)に活発に使われていた五十句一組、正続合わせて百句一組の木版摺り「譬え合せかるた」が、江戸時代後期(1789~1854)のはじめ、遅くも文化文政年間(1804~30)までにそれをいろは四十八句に整序した「いろは譬え合せかるた」に交代、変身したという... 館長
4-4 江戸はかるたの王国④「譬え合せかるた」「いろは譬え合せかるた」 四 関西地方の「いろは譬えかるた」 「いろは譬えあわせかるた」の発祥の地は上方、大坂である。時期は、江戸時代中期(1704~89)の後半、物事をいろは順に揃える文化が大流行した天明年間(1781~89)頃に、それまで一組が五十対・百枚か百対・二百枚の「譬え合せかるた」を制作していた大坂のかるた屋で、それをいろは四十七文字・九十四枚に縮小再編成する新しい考... 館長
4-4 江戸はかるたの王国④「譬え合せかるた」「いろは譬え合せかるた」 三 「いろは譬え合せかるた」の紙双六 ここで、「いろは譬え合せかるた」の紙双六という物品史料について説明しておこう。この種の紙双六については、昭和四十九年(1974)刊の『別冊太陽 いろはかるた』の巻末で明治初年(1868~77)刊の「大橋堂版いろはたとへ雙六」(以下、「明治初期かるた双六」と略記)が復元掲載されてから珍重され、類似商品も時々現れていたが、... 館長
4-4 江戸はかるたの王国④「譬え合せかるた」「いろは譬え合せかるた」 二 「いろは譬え合せかるた」の発祥 さて、斎藤月岑の記録により、江戸のいろはかるた史の大まかな道筋が見えてきた。江戸時代中期(1704~89)に、上方で、それまでの「譬え合せかるた」をいろは順の四十八対に整序する考案があり、その新型のカルタが江戸に波及し、その後、文化文政期(1804~30)に江戸固有の「いろはかるた」になったということである。 江戸中期... 館長