(三) グロバーの麻雀牌の名称と図柄

グロバーが蒐集した牌をどのように呼んだのかは大変に興味あるところである。この種類の牌をマーチャオ(麻雀)、マージャン(麻将)、モーチャオ(摸雀)などと呼んだ記録は一九二〇年代以降のものが多く、それ以前のものでは、日本人、松本清司の一九〇五年の記録が最も古いが、松本が「麻雀」と呼んだものは、紙製の「馬吊紙牌」である可能性が排除できない。欧米人がこれをどう記録したのかも定かではない。キューリンは、ウイルキンソンにしたがってこれを「中發」と呼んだときと、「中国ドミノ」と呼んだときとがある。 

グロバーによるこの牌の英語での呼称は、チャイニーズ・ドミノである。中国現地での呼称について、グロバーは、AMNH牌をK’ao Chia’ Ch’iao と書いている。スタンウイックは、これを、「拷家雀」であろうと判断しているが、この呼称が他の麻雀牌にも共通してあてはまるものであるのかについては留保している。 

一方、グロバー牌の図柄は、いくつかの点でとても興味あるものである。以下に指摘するような特徴は、どこかで古い麻雀牌を見かけたときに、その時代を測定する上で大いに助けになる。多くの特徴を共有する牌は同じ時代に作られたものである可能性が高いのであるから。そういう意味では、これは、コレクターにとっても最重要な情報ということになろう。 

19世紀と20世紀の「2筒」と「3筒」
19世紀と20世紀の「2筒」と「3筒」

筒子では、「二筒」牌、「三筒」牌の筒子が繋がっているように彫られている点が、両者を離して彫った二〇世紀の麻雀牌と異なっている。私は、この上下の筒子の間隔を牌の制作年代を判断する一つの規準と考えている。その理由は極めてシンプルで、麻雀牌は徐々に大きく作られるようになり、とくに二〇世紀に入って巨大化したところ、「二筒」や「三筒」では、筒子を大きく描いてバランスを取るのではなく、筒子のサイズを大きくすることなく上下の円形の間隔を徐々に広く空けて描くことで対応したのである。つまり、一九世紀の麻雀牌では「二筒」でいえば「8の字型」に彫られていたが、二〇世紀の牌の大型化に伴って「丸眼鏡型」に間隔をあけるようになったのである。この間隔の取り方が制作年代によって微妙に違うので、私はこれを古牌を古物市場で探求する際の秘密の鑑定ポイントの一つにしていた。ただ、これを安易に口にすると、「二筒」が「8の字型」の古牌の価格が暴騰するのでそこでは黙っていたが。 

次に、「七筒」の筒子の彩色にも興味を惹かれる。AMNH牌では、上部の三個の筒子が赤く、下部の四個の筒子が緑である。一方、BMA牌では、三個の筒子が緑で、四個の筒子が赤い。後の時代の牌では、BMA牌の彩色と同じもののほうが圧倒的に多い。AMNH牌と同じ配色の骨牌は古いのである。 

索子では、まず、古いものは「一索」牌が「青蚨(チンフー)」である。青蚨は昆虫の「カゲロウ」の一種を指し、同時に、銅銭も意味した。穴開き銭百枚の束であった「一索」の図柄が、カゲロウ(チンフー)一匹の「一索」の図柄に代わり、結んだ紐のあまりの部分はカゲロウの半透明の羽のように描かれたのである。一九世紀の麻雀牌の「一索」ではもっとも有力な図柄であった。グロバー牌の発見により、私の「一索進化論」以来の理解の正しさが第一級の物品史料によって改めて証明されたのが嬉しい。 

「六筒「七筒」(グロバー牌)
「六筒「七筒」(グロバー牌)
「一索」(グロバー牌)
「一索」(グロバー牌)
「三索」(グロバー牌)
「三索」(グロバー牌)

「三索」牌の上部中央の一個の索子が下部の二個の索の間にまで伸びているのも、十九世紀の麻雀牌に見られる特徴である。「六索」牌は中央の上下二個の索子が赤く彩色されている。これはまったく新しい発見で、一九世紀の末期にはすでに「六索」牌では六個の索子がすべて緑色一色に彩色されているのであるから、もう少しデータが揃わないと断定的なことはいえないのであるが、最初期の麻雀牌の一つの特徴といえるのではないだろうか。今日の麻雀遊技のルールには、満貫役の一種として「緑一色」がある。牌の図柄の色彩が緑色の一色に彩色されている「發」「二索」「三索」「四索」「六索」「八索」の牌だけで完成させたときの役名である。この役では、緑一色の「六索」牌が重要な役割を果たすのであり、中央が赤い「六索」では「緑一色」役にはならない。 

なお、「緑一色」という満貫役について一言加えておきたい。「緑一色」は「索子」牌だけしか適用できない、きわめて稀な「清一色」役である。こういうものが「索子」にだけ認められているのでは遊技のルールとしては不公平なので、他に「筒子」牌や「万子」牌でも、特別の「清一色」役があって当然である。そうして考えてみると、「筒子」牌には「大車輪」という満貫役がある。「二筒」から「八筒」の牌で、各々が二枚ずつ、つまり「筒子」の連続する「七対子」がそれである。「筒子」の牌にある円形の図柄は、もともとは「穴開き銭」であったが、丸いところから「車輪」に見立てられたのであり、納得がいく。 

「万子」牌には「九連宝燈」(「九蓮燈」とする説もある)がある。「一万」牌が三枚、「二万」から「八万」までの牌が各々一枚、「九万」牌が三枚の合計十三枚に、もう一枚、任意の「万子」牌が加わって完成である。上がるのに必要な最後の一枚を待っている状態の「九連宝燈」は、「一万」「一万」「一万」「二万」「三万」「四万」「五万」「六万」「七万」「八万」「九万」「九万」「九万」と手の内に並んだ形がいかにもおごそかな「宝燈」の列の様に見えるからこの名称でよい。純正な「九連宝燈」は「一万」から「九万」までのどの「万子」牌でも上れる。こうして、「索子」牌だけに認められる「緑一色」、「筒子」牌だけに認められる「大車輪」、「万子」牌だけに認められる「九連宝燈」という満貫役のバランスが取れるのである。但し、今日の麻雀遊技では、「索子」牌や「筒子」牌の「九連宝燈」が認められたり、「索子」牌や「万子」牌の大車輪が認められたりするときがあり、これらの特別役が考案された趣旨が分かりにくくなっている。 

「八索」(グロバー牌)
「八索」(グロバー牌)

「八索」牌では、八個の索子が、牌の中央を軸にして八方に広がっているさまが、二個の索子ずつでV字型になっているように見える。これを「V索」と呼ぶことができる。現在の麻雀牌では、上下四個ずつの「索子」がM字型に配置されている、いわゆる「M索」であり、「V索」から「M索」への変化も牌の古さ、新しさを判断するポイントの一つになる。グロバー牌は古い。 

万子牌では、「万」の字が使われていることに注意したい。麻雀牌の前身の「馬吊紙牌」では、狭い紙幅のカルタの中央上部の狭いスペースに彫りこむこともあって「万」の字であるが、麻雀牌では、後に「萬」の字を使う例が増えている。グロバー牌によって、古い麻雀牌は「万」の字を使ったという貴重な例が増えたことになる。「麻雀紙牌」の表現の仕方が強く影響しているものと考えられる。「伍万」牌は、グロバー牌では正しく「伍万」であって、後世の麻雀牌に見かける略式の「五万」ではない。グロバー牌はこの辺も古い。 

「南」牌と「北」牌(グロバー牌).jpg
「南」牌と「北」牌(グロバー牌)

文字牌では、まず、「南」字牌の南という文字である。今日の日本語の南という文字は、門構えの中側に羊が納まっているが、もともとの中国文字の南では、羊は門構えを上方に貫いている。グロバー牌では、とくにそれが強く表現されていて、二〇世紀の牌のように、ちょっとはみ出したという程度ではなく、もう一つ上の横線に達するまでしっかりと彫られている。古文字である。次に興味あるのは「北」字牌の北の文字である。左側半分を上から下まで貫いている縦線は長く、右側にある縦線と同じ長さである。今日の麻雀牌では、この縦線は右側の縦線の三分の二程度に短くなっている。この長い縦線も、古い中国文字の「北」字の特徴である。 

このように、グロバー牌は、麻雀の発祥期の姿かたちについての最高、最良の史料となっている。その史料的価値は計り知れない。だから、現在すでに行われている木材の科学的な年代測定のような手法が、将来、骨牌に使われている竹材の科学的な年代測定でも行われようになれば、骨牌の制作年が極めて狭い範囲に絞りこまれるようになり、残されている麻雀骨牌、今は単に古いとか、大体この年代としか絞り込めていないが、ピンポイントで特定して年代順に並べて変化をあとづけることができるようになり、その史料価値は更に高騰するであろう。さらに、竹材の種類、産地の鑑定などからその骨牌の制作地も絞り込めるかもしれない。文献史料の場合は、科学的鑑定によって、従来は信頼できる史料とされて研究の中枢となっていた文献が、たとえ国宝や重要文化財であっても、模作や贋作であったと暴露されるという、研究にとってのマイナスの結果をもたらすが、麻雀牌のような物品史料の場合は、制作年代の正確な把握というプラスの結果をもたらす。科学は文献に依拠する研究の敵であり、物品史料に依拠する研究の味方である。将来は物品史料を活用する研究方法論の優位性がさらに高まるであろう。麻雀博物館が集めた多数の古牌は、そういう日が来るのを待って今は眠りについている。 

おすすめの記事