歌集『百人一首』誕生の謎 歌集『百人一首』誕生の謎 右:『百人秀歌』(『百人一首への招待』)、左:『百人一首』(『別冊太陽愛蔵版』) はじめに:『藤原定家「明月記」の世界』の刊行に触発されて 一 『百人一首』発祥論への疑問 二 「持統天皇」と「持綩天皇」という表記の差異が示すもの 三 『百人一首』を歌集と理解した場合の問題点 四 公家、藤原定家の「家記」と「家歌記」への執念 五 小倉色紙の登場 六 定家が添削して編纂した、自家の秘密教材たる百首の「歌群」 七 後鳥羽院との絶縁を表明する定家 八 『小倉百人一首』は後世に二條流が制作した歌集 おわりに
近代カルタ文化の研究 第四章 トランプ、麻雀、競技かるた Pinterest Instagram Facebook-f < 第三章 子ども向け、女性向けかるたの消長第五章 大日本帝國の標準装備となっ...
二 元禄年間後期の花合せかるたの発見 (一)元禄年間後期、土佐光成筆の花合せカルタ この時に発見された新史料は、元禄年間(1688~1704)、多分その後期(1698~1704)の花合せかるた一組である。百紋標・四百枚の内、...
三 「めくりカルタ」の流行 (二)『花の春上手談義』は「めくり」遊技図か めくりカルタ遊技図(『花の春上手談義』) 天明二年(1782)に市場通笑作、鳥居清長画の『花の春上手談義』(研究室の表記では単純に『上手談義...
1-2 鎖国日本への来訪者が見た日本のカルタ 五 ショーベール(Frederic Shoberl) ブロンホフと同時期の出版物であるが、ドイツで通俗的な日本の紹介本が出されている。1821年刊のフレデリック・ショーベール(Frederic ...
6-3 開国後の日本で外国人の眼に映じた日本のカルタ 九 C.M.ベルショー ベルショー『花札』表紙 C.M.ベルショー(C.M.Belshaw)は、パーマーと同時期に横浜に滞在していた人であり、パーマーの報告の一年後...
二 自由花札の時代の様相 (四)かるた遊技愛好者グループと新遊技法開発 こうして、平成元年(1989)のトランプ類税の廃止は、平成年間(1989~2019)にまったく新しい発想のカルタ、かるた文化を生み出したので...