(九)麻雀と書いて「マージャン」と読む歴史
ここで大きく脱線するが、「麻雀」と書いて「マージャン」「まあじゃん」と読むのは何語だろうか。「麻」は日本語では「ま」であり、これを「まー」と引き延ばす読み方は「麻婆豆腐」の「マー」ばあさんくらいしかない。一方、「雀」は「じゃく」であって、「じゃん」と撥音便化するのは他に例を見ない。だから、日本語の漢和辞典では、「雀」には、「すずめ」と「じゃく」はあっても「じゃん」という読みは表示されていない。一方、中国の中国語辞典では、「雀」には「チャオ」などの発音はあっても、「チャン」「ジャン」とする読みはない。つまり、「雀」という字を「じゃん」と読むのは、辞書上では日本語ではないし中国語でもない。東シナ海のどこかに沈んだ別の漢字使用国の言葉ということになってしまう。
日本に来る西欧系の外国人は、街中で、全国では数千、数万軒の「麻雀」「雀荘」「リーチ麻雀あります」などの言葉に接し、書店では、『麻雀放浪記』だの、『雀鬼』だの、『月刊プロ麻雀』だのの活字を見かける。新聞やテレビの字幕に「健康麻雀」と出される機会も増えた。ところが、その言葉の発音と意味を学ぼうと、漢和辞典を開いてもそこには「マー」もなければ「ジャン」もないから勉強は空しく中絶する。読みが分からないので国語辞典で意味を検索することもできない。中国では、今は「マージャン」を「麻将」と表記し、「麻雀」は雀の一種を表現するので、日本に来て「麻雀」を発見すると雀の焼き鳥を売る店だと誤解するという笑い話がよくある。
私は、以前に、日本の国語辞典における麻雀用語の普通語化を調査したことがある。周知のように、辞典の編集者は、市販されているさまざまな書籍や新聞に幅広く目を通し、そこから新語を拾い出して改訂版に挿入する。ところが、数次の改訂を経た時点でも、麻雀用語は驚くほどに収録されていない。「リーチ」や「テンパった」等もない。「満願」はあっても「満貫」はない。「今度の内閣改造では、厚生労働大臣と総務会長の両面待ちですね」は、両面を「りょうめん」と読もうと「リャンメン」と読もうと、いずれでも麻雀由来語だが、その説明はない。そして「雀荘」というやや差別的な、麻雀店、麻雀荘の経営者は不快に感じている蔑称だけが掲載されていることも多い。日本を代表する辞典を発刊している出版社の場合は特に顕著で、その社の「進歩的」な社風では「麻雀」のような不浄な賭博遊技に関する書籍や新聞はリサーチさえしないのかと驚き、呆れた。
辞典類の登載状況を報告すると膨大になるので、ここでは全体を通じた簡単なまとめを述べておきたい。
まず、大きな時代の流れである。第二次大戦前は賭博遊技とするものが多く、戦後は室内遊戯とするものが増えた。麻雀は、伝来当初から、賭け麻雀として遊ばれていたので、取締り当局も警戒していた。特に一九三七年の日中戦争の開始以降に戦時体制が強化されると、敵性国家の文化だということも言われるようになり、閉塞状況が続いた。しかし、一方では、榛原茂樹が有名だが、麻雀を賭博世界から救い出し、健全な頭脳ゲームとして確立しようとする者もいた。辞典類の編者、執筆者には、こういう健康な麻雀の動きは見えなかったようで、皆押し並べて「賭戯の一種」という説明だ。戦後は、逆に、健全な室内遊戯であるとするたてまえの理解が強まった。実は、リーチ麻雀の導入等により、賭博性の高い賭け麻雀が東京の上野等で盛んになったし、関西では独自のブー麻雀なども盛んになったが、辞典はそれを見て見ぬふりで、「賭博麻雀」は説明に反映されていない。戦前と戦後では悪玉、善玉の入れ替わりが激しく、善玉悪玉史観が強過ぎはしないか。
「麻」の文字と「マー」という読み、「雀」という文字と「ジャン」という読みの間にある漢字理解のずれを説明する者が少数は存在したが、多くは説明抜きである。これだけでなく、麻雀の用語、関連語については、すでに一般社会で通用する語になっていても、辞典類に登場する例が乏しかった。「リーチ」は「(ボクシングなどで)伸ばした腕の長さ」だけである。「麻雀:中国伝来の室内遊戯。竹を裏に付けた、百三十六枚のパイを遣い、四人で勝負を争う。」の後に「〔金を賭け、徹夜でする者が多い〕」という捕捉が付く例などは、執筆者としての腰が座っていない感じが濃厚で大いに笑える。何十年も前の学生の頃の自分の「徹夜麻雀」、略して「テツマン」の思い出を一般化して語るな、である。
日本への伝来の時期を明治末期とするものと大正年間とするものとに別れる。また、伝来ではなく流行、普及が大正末期だとする説明に逃れるものもある。一件だけだが、名川彦作の名前が出てきたのには、「物識り辞典」かよと驚いた。こんなことに筆を伸ばす余裕があるならば、「麻」と「雀」の語義の説明をきちんとしてほしかった。それが辞典の本来の職責だろうよ。
遊技の用具、とくに麻雀牌の説明をするものが多い。なぜ、百三十六枚と細かく説明するのか趣旨が分からないがこれが定番である。なお、再版の際に、使用する牌の数を百四十四枚から百三十六枚に改めた例がある。説明のミスを是正したのではなく、実際に、日本に伝来した当初は花牌も使って百四十四枚、百四十八枚で遊技することもあったが、そのうちに花牌を除いて百三十六枚で行う「素麻雀」が優勢になった社会的な変化を反映しているのがおかしい。それにしても、麻雀で使う牌が何枚かを知りたくて漢和辞典をひく人がいるのだろうか。読者の求めていないサービスで余計だと思うが、それとも、これがないと同業者の間で手抜きだと言われるのが怖いのだろうか。
遊技の進行を説明するものがあるが、記述が不正確でよく理解できない。遊技場面のイメージが湧かない。麻雀って何だろうと思って辞典を手にする利用者に、これで遊技の実際が想像できるようになるのであろうか。何が楽しくて麻雀をするのか、遊技者の気持ちが少しは理解できるようになるのだろうか。
遊技全体の進行、勝負の決着方法、得点の計算法を説明するものが少ない。仮に野球の説明で、「試合は直球が多く、カーブもあります。消える魔球もあります。おわったら勝ち負けを決めます」だけという説明があったら、何が何だか分からない。これと同じような妙な説明が麻雀でも多い。せめて、「一回から攻守を繰り返し、定められた回数を終えたら各々のチームごとに得点を合計し、多い方を勝ちとします」くらいの説明が欲しい。
全体を通じて、各辞書で説明がバラバラで、一定の、共通した、妥当な理解が得られない。辞典の利用者が、麻雀の何についての知識を求めているのかが分かっていないように見える。今後の改定時には、麻雀関連書なども採録候補書籍に加えてほしいものである。あるいは、きちんとした学術書も大修館から出版されたのであるから、この出版社で頑張ってきた諸橋轍次の『大漢和辞典』のように昭和後期になってもなお「賭博遊技」で頑張ってきた書籍も、そろそろ考え直して、こうした学術書から語を拾い出して搭載しても良いのではないか。
なお、ここでの番外編は、「麻将と書いて「マージャン」と読む歴史」である。すでに上でも触れているので重複になるが触れておきたい。以前に台湾の友人に聞いた話だが、「麻雀」の読みは元来「マーチャオ」であり、各地方で多少訛って「マージャオ」や「モーチャオ」はあるが、「雀」を撥音便化させて「ジャン」と読む例はなかった。ところが、バブコックがこれを誤解して、「麻雀」の文字と「MAH—JONGG」の読みを合体させて欧米社会に広めて意匠登録を取得し、それが中国に逆流して来て、「麻雀」と書いて「マージャン」と読めということになった。それを嘆いたのがプラグマティスト、デューイの弟子で思索家の胡適であった。胡適は、「マージャン」という読み方が既に撤回できないほどに通用してしまったのであるならば、せめてこう読めるような文字を充てたいということで「将」の字を選んで「麻雀」に代わる「麻将」という表記を提案したのだそうだ。だから麻雀を「麻将」と表記するのは一九二〇年代の新造語である。胡適は国民党派だから今の中国では批判の対象だが、「麻将」の提案は大ヒットして生き残り、今では全中国でこれが本来の姿だと認められている。