(十)麻雀遊技における不正行為

麻雀の遊技は、考案されてからまださほどに時間が経過していない時期に、にわかに全世界的な賭博遊技ブームになって拡散したので、ゲームとしては未成熟で、様々な問題点が残っていた。その一つが、不正行為の予防策が確立していないことである。家庭内や友人間で健康な親睦の遊技として楽しまれる時にはさほど問題ではないが、麻雀店や麻雀倶楽部で、見ず知らずの者同士が金銭を賭けて行う真剣勝負となると、そこには賭場の病理、不正行為の横行が見られるようになる。

こうした不正行為は、日本に麻雀が伝来した当初からあり、今日に至っている。中には、電動の自動卓の採用によって不可能になって消えていったものもあるが、新たに、自動卓での不正も誕生している。これは、未熟なままで拡散した麻雀遊技の宿命のようなものだが、困った事態である。

以前に、ネットである麻雀研究のサイトを見ていて、不正行為が網羅的に指摘されているので、その数の多さに驚いた。個々の説明は省略するが、並べるとこんな具合である。

「見せ牌」「スカートめくり」「置きザイ」「山崩し」「先自摸(さきづも)」「ビジネス」「振聴攻め(ふりてんぜめ)」「偽暗槓」「立直後持ち換え」「三味線」「手三味(てじゃみ)」「腰」「ガン牌」「ガンづけ」「覗き」「通し」「ローズ」「くちローズ」「手ローズ」「壁役」「鏡」「コンビ」「列」「ベタ積み」「上積み・下積み」「固め積み」「団子積み」「六間積み」「元禄積み(千鳥積み)」「黒鍵積み」「三元縛り」「ドラ爆」「裏ドラ爆」「三元爆弾」「大三元積み」「多牌」「山拾い」「河拾い」「三枚自摸(三牌自摸)」「返し(返し自摸)」「山ずらし」「キャタピラー」「ぶっこ抜き」「すり替え」「抜き」「吊り」「握り(握り込み)」「ドラ吊り」「上山すり替え」「送り込み」「エレベータ」「燕返し」「便天(べんてん)」。この中のいくつかには、その昔、青春の日々の学生麻雀でお目にかかったことがあるし、被害を受けたこともある。

これほどの不正手段が開発されている遊戯も他にはないのではなかろうか。よく「不敗の王者」「無敵の覇王」などと自称する麻雀打ちがいるが、不敗というのは困難な課題であり、手元が怪しいときがある。「不正の王者」でなければいいのだが。また、これは不正ではないのだが、ある時、東京新橋で開催された大きな大会で仲良しの高齢のプロ雀士と同卓になって競技が進行していたところ、その雀士がリーチした後で手つきに微妙な乱れが生じた。何だろうと考えて、どうやらテンパっていないのに誤解してリーチをかけてしまったらしいと推察できた。そこで私はその回の作戦を大急ぎで変更して、チーやポンを乱発してあっという間に安上がりの早上がりを達成した。私がロンのロを言ったか言わないかの短時間に、その雀士はリーチした自分の牌を崩してしまった。そのスピードが異常には早かったので、やはり誤リーチかと思った。その後、一瞬、二人が見合うことがあった。棋士が眼で「お前分かったのか」と問うので、私も眼で「はい、色々とお教えいただいていますので」と返答した。プロ棋士のリーチ宣言を怖がって降りた対戦相手からすれば誤リーチは不正だろうし、気づいたのに黙っていたどころか早上がりで誤リーチの秘密を守って高齢のプロ棋士の名誉を救った私も不正に加担した従犯者になるのであろうか。こんなことを考えていてその日の大会での私の成績は散々だった。

もう一つの思い出は国際的である。タイのバンコックに私の友人がいる。彼は東南アジア各地のカジノに遊技具を一手に納入している大きな業者なのだが、私のことを変なことを調べている奇妙な学者だとでも思って興味を持ったのだろうか、ずいぶんと仲良くなった。あるとき、私は麻雀の不正の実態が知りたくて彼に聞いた。すると彼は、小さな麻雀遊技向けのサイコロを取り出して、好きな数を言えと言う。「三」と言えば「三」、「五」と言えば「五」がきれいに出る。次にサイコロを二個持って好きな数を言えと言うのでそうすると、「七」なら二個合わせて「七」が出る。それがたまたま「二」と「五」の合せで「七」なので、次に続けてもう一度「七」というと、今度は「三」と「四」の「七」が出る。驚いて次も「七」というと、今度は「一」と「六」の「七」になる。実際の麻雀遊技で、自分が親の時に、常に「四」と「五」の「九」を出し続けば「詰め込み」の不正を怪しまれるが、「六」と「三」の「九」も混じれば印象が和らいで疑われにくい。彼に、いやあ恐ろしい世界を見せてもらった、恐れ入ったと言ったところ、お前買わないか、友だちだから二個で二千米ドルにまけておくよといわれた。そりゃ高いよと言ったら、お前の腕ならこれくらい一晩で稼げるだろうにと笑っていた。同じ目でも組み合わせに変化をつけるところが怖いといったら、お前はまだ甘いと笑われた。自分が親の時に仕込むのは素人で、対面になったときに「七」の目に合わせて仕込みをしておいて、親に「七」を振らせる。次には「十一」の目に仕込む。但し「十一」は「五」と「六」の組み合わせしかなくて目立つからあまり繰り返さない。「一」と「二」の「三」でもよい。南家の時は「二」か「六」か「十」だが、もちろん「六」が一番目立たないからよい。北家の時は「四」か「八」かだ。これがこのサイコロの使い方だと教えてくれた。他人が振って出すサイコロの目を遠隔でこちらでコントロールする。麻雀の不正行為は奥が深いと感心した。

電動式の自動卓が流行するようになって、いくつかの不正行為は止んだが、今度は電動ならではの問題が起きるようになった。中国ではあっという間に政権幹部接待用のマージャン卓が製造されるようになり、時々問題が発覚して摘発されて新聞ネタになっていた。日本でも、電動式はパイが片寄ると言われた時期がある。どうやら、遊技の場が盛り上がるように配牌に工夫があるらしいという噂だった。私自身の体験でも、良い配牌が来ることがある。最初からテンパっているダブルリーチの手牌もさほどめずらしくなかったし、配牌で端牌が九種十牌あり、最初の三回の自摸牌が足りない端牌の連続で、三周で十二種十三牌が揃ってテンパって、四周目に国士無双で上がったこともある。

一番驚いたのは、配牌で「白」「發」「中」が三枚ずつアンコで、ほかは「一万」「二万」「二万」「四万」だった時である。自分の手配の見た目が凄かった。その回の上家の手牌では「三万」が孤立した浮き牌で入っていて早々に捨ててきたので、「二万」「三万」「四万」の形でチーして残った「二万」を捨てて「一万」で待っていたらすぐに出たので「大三元」で上った。「白」「發」「中」が配牌で三枚ずつ来ること自体が天文学的な確率の低さであろうが、感心したのは上家の手牌に浮き牌の「三万」がちゃんと用意されていることで、面白いというよりも怖くなった。

これは参加者の誰かが誰かをだまして利得を得る不正ではなく、誰が得するかが分からないのだから不正ではない。むしろ、座が盛り上がるように牌の配列プログラムに濃淡の工夫を加えるマージャン卓製造業者のサービスであり、客が今日はついていると喜ぶような派手な配牌の工夫を提供している麻雀店の営業方針の問題である。よい牌の流れに当たれば技量の低い初心者でも大勝ちできるので、とてもいい思い出になり、それが引き金になって麻雀の魔力に吸い込まれていく上客になる。逆に上級者にしてみれば、手腕を発揮して勝つよりも、初心者の「ツキ」に負ける場合が増えることになる。本当は機械にまけているのだけれど。

私はこの時の「大三元」配牌が私の麻雀人生で最高の配牌であり、もう二度とあんなことは起きないだろうと思い、夢よもう一度で麻雀の魔力に誘われてのめり込みたいところを我慢して、少し後に麻雀の遊技から引退した。こうして自動卓の手の中で踊らされる麻雀は、AIの飛躍的な進歩の渦中での新しい問題の発生である。AIと対決して克服しなければならないのは、囲碁や将棋の世界だけではない。遊戯の公平性を確保するために次の世代がこのAIによるコントロールに上手に対処することを期待したい。

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