二 骨牌税の導入と賭博系カルタの盛行 (七)日本国内での花札賭博、カルタ賭博の展開 花札やその他のカルタを扱う博徒には巧みな技の持ち主が多かったようである。博徒の一家では、花札賭博を開始するときには、若い下端の構成員は客の案...
一 花札に関する法制度の整備 (二)花札図柄の「煙草カード」 たばこカード加工品・「改良八々花札」 ここで、この時期に創作された、二例の独自色ある花札の図柄について書いておこう。まずは、煙草が民営であっ...
三 「百人一首歌かるた」の動向 (三)競技かるたの登場と展開 明治年間(1868~1912)に、大人の間では、正月にかるた会を催して男女が共にこれを楽しむ習慣が盛んになり、当時としては数少ない若い未婚の...
四 賭博カルタ遊技取締り政策の転換 (一)安永三年十二月の「めくりカルタ」禁圧騒ぎ 師走の街頭風景(『東都歳事記』) 大田南畝は『半日閑話』中で、安永三年(1774)十二月に「此節町にめくりかるた御禁制強し」と書いている。こ...
二 骨牌税の導入と賭博系カルタの盛行 (五)賭博遊技カルタの生産 骨牌税が導入された明治三十五年(1902)から第二次大戦の敗戦の昭和二十年(1945)までの約半世紀の間は、賭博遊技カルタの歴史の中で最も明...
五 かるた、カルタ史研究の高まり (一)昭和後期のかるた史研究の状況 花札の衰退と裏腹に、花札の歴史を含むカルタ史の研究は盛んになっていった。それはミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つというヘーゲルの言葉そのま...