十一 『雍州府誌』でのカルタ遊技法説明の趣旨

次に②、『雍州府誌』の記述がトリックテイキングゲームの説明だとしたら不十分であるという黒宮さんのお考えについて申し上げたい。私も黒宮さんがおっしゃるように、この書で筆者の黒川道祐がカルタ遊技の遊技法を体系的に全部記述しているとは考えていない。黒川は、黒宮さんがおっしゃるように、京都の名所や名産品の紹介を行っているのであって、カルタという、一般の社会ではまだ珍しいものが五條橋通りで制作、販売されていることを説明するついでに、この珍しい遊技の説明をしたという程度であろう。だから、たまたま見かけた五條橋通り周辺での遊技風景の印象を書いているのだろう。もしかしたらカルタ屋で販売している製品について、販売促進でおおざっぱな説明を受けたのかもしれない。書かれているのは、黒川が印象深く受け取った場面であって、体系的な説明ではない。

具体的に「合せかるた」の遊技の説明についてだが、黒宮さんは、これをトリックテイキングームの説明だとすると、ゲームの途中のトリックの勝ち負けという細部のことを書いただけで、肝心の、ゲーム全体の勝負がどうやって決まるのかとか、その他大事なことが書き洩らされていることになるとご批判くださっている。私もそう思っていて、たまたま見かけた賭博の現場の情景を書けばこんなものだろうと思っている。私だって、たとえば青森県で「黒札」遊技の現場を始めて見学させてもらった時などは、「幻の地方札の遊技をついに見つけた」と気分が舞い上がっていて、何時間も現場で見させてもらったし、参加していたおばあさん、おじいさんに横からいろいろと質問もしたのに、ずっと上がった気分で、きちんと記録したつもりなのに後になって読み返してみると肝心のことがメモに書き洩らされていたりしていた。黒川が日ごろから「合せカルタ」に親しんでいたかは不明で、五條橋通り周辺の取材、聞き取りで得た、遊び人かカルタ屋の従業員の説明を基に書いているのであれば、樹を見て森を見ない記述になるのはしょうがないかなと感じている。そして、黒川の記述がそもそも不完全なのに、江橋の読み解きでは記述が不完全なものになってしまうから江橋の読みは正しくない、と批判されても、だってこうとしか書いていないんだもん、と子どもの口喧嘩みたいな返答になってしまう。

黒宮さんの指摘は、黒川はここで合せカルタの遊技法について体系的な説明に取り組んでいたはずだ、という論理的な前提を仮に設定して、それを江橋のようにトリックテイキングゲームを説明していると理解すると、ゲームの基本になる情報の開示がなく、些末な末梢的な部分ばかりを解説していることになって不合理であり、黒川はそんな半端なことをするはずはないから江橋の理解は誤りで、別のゲームの説明と思われるが、というご批判になっている。だが、この前提が成立していなくて、そもそも現場での見物の感想を書いていたのでこの論理的な前提が存在していないとすると、これは黒川さんに対するない物ねだりになってしまう。この前提が私とは異なっているので承服できない。

こういう説明の過不足のポイントは、短時間に京都中を調べ廻って、あれほどのことを書いた黒川の著書の取材過程をどう理解するかという問題に帰着する。私は、黒川がこの遊技の現場を見たのがたまたまその賭場で「合せ」とよばれていたゲームの途中で、トリックの取り合いが印象深くて見たままをメモしたけど、先も急いでいたのであろうか、ゲームの結論が出るまでは見物していなかったということではないか、と軽く考えている。だからゲームの結論が書かれていないのであるが、ゲームの素人であるかもしれない黒川に、お前の説明では大事な部分が抜けていると批判してはかわいそうだ。

一方、これと別に、「よみカルタ」の場合は、黒川が見ている前で次々と札が場に出されて勝負が決まったのが印象的で、これも見たままを書いたのだろう。現代社会で、外国旅行中に、現地の公園で面白そうな「カルタ」の遊技の場面に出くわして、動画を撮影したのがたまたまゲームの中盤で、次に撮影した別種のゲームの現場がたまたま終局に近い場面であったというようなものではなかろうか。ここでは「合せカルタ」の場合とは逆に、「ヨミかるた」遊技の途中経過、札を出す際の、まとめて出してよい特権が生じる場合や、出してはならない場合の禁則、権利としてのパスと義務としてのパス、あるいは反則を犯した場合のペナルティなどの重要なルールについては書かれていないで結論部分の説明だけが突出している。これはこれで半端な紹介で、これだけで「よみカルタ」を再現するのは難しい。私は、なるほど、これも「よみカルタ」の現場での印象だなと納得しているが、黒宮さん的には、これも中途半端な説明で迷惑だということになるのだろうか。

私には、黒川がこれ以上にカルタの遊技法に精通していたかどうかは分からない。黒川は、「よみ」や「合せ」は実見したので書いたが、その他の賭博系の遊技法については、「或又謂加宇又謂比伊幾或又謂宇牟須牟賀留多其法有若干畢竟博奕之戯也」「あるいは又カウと言う(遊技)、ヒイキと言う(遊技)、ウムスムカルタと言う(遊技)法が若干あるが、結局は博奕の遊技法である」と書いている。「カウ」は「カブ」遊技、「ヒイキ」は「ヒキ」遊技と理解されるし、「ウムスムカルタ」も「カブ」や「ヒイキ」と同列に言及されているので、一組四十八枚のカルタ札を使う遊技法の名称を書いたのであってカルタ札を意味しているのではないかとも考えられるが、黒川は、この三種類の賭博系の遊技法については、知らなかったのか、知っていたけど書く価値を見出せなかったのか、いずれにせよ説明していない。「ウムスムカルタ」という遊技法についてはおおざっぱに賭博系と書くにとどめているが、この遊技法を知らなかったのか、知っているが詳細は知らないのでゲームの名称だけを書いたのか、どちらなのかは分からない。

カルタの現場を見た記録なんて、その後の時期に誰か別の人物が書いたものでも大体がこんなところだと思う。いや、黒宮さんも言うように、黒川はむしろ優れた観察者であったと思う。そして、黒川は多分、自分が見物して書いた感想のような文章が、数百年後に、自分の時代、江戸時代前期の社会での「合せカルタ」の公式遊技ルールを示す唯一つの文献史料のように扱われているのを知ったら仰天するだろう。黒宮さんがご指摘なさっているように、『雍州府誌』の記述だけで江戸時代前期の各種のカルタ遊技のルールを体系的に理解するのは困難である。だが、これはカルタ遊技の現場での最良のスケッチだと思う。こう考えれば、とても貴重な証言の記録だと分かる。これが②に関する私の考えである。

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